2016年10月8日土曜日

戦争で土地と小作人を求める

 不幸な時期においては、人間精神がこれまで立っていた高い場所から急激に下降し、代って無知のために、ここでは野蛮性が、かしこで巧妙な残忍性が、そして到るところに堕落と不誠実とが発揮されているのを、われわれは見るであろう。才能のある人々のひらめきも、心の寛大性や善意をもっている人々の特徴も、この深い暗闇を通しては、ほとんど何らこれを透視することはできなかった。神学的夢想や迷信的偽善が人間の唯一の精神であったし、宗教的不寛容が人間の唯一の道徳であった。聖職者の暴政と軍隊の専制政治によって両側から圧伏されていたヨーロッパは、新しい光明によって自由・人間性・徳が再生できる瞬間を、血と涙とのうちに待望していたのである。
 勝利者の無知と野蛮な風習とはよく知られているとおりである。けれどもこの愚劣な野蛮時代のさ中に、かの教養高き自由なギリシャの盛時を汚職した家内奴隷制度が破壊されるようになったのである。
 土地附属の農奴は勝利者の土地を耕作していた。この圧迫された階級は、勝利者の家庭のために奴婢を供給していたのであって、この従属関係は、勝利者の自負と気概とを満足させるに足るものであった。それゆえ、勝利者たちは戦争において、奴隷ではなく、土地と小作人を求めた。
 かつまた勝利者が侵略した地方にいた奴隷たちは大部分、戦勝民族が征服したある種族のなかから得た捕虜またはその子孫たちであった。かれらの大多数は征服された瞬間に逃亡するか、勝利者の軍隊に加わった。

ニコラ・ド・コンドルセ「人間精神進歩史」

2016年10月7日金曜日

死を嫌い避ける天性より霊魂不死

 されば人心進歩の有様を考えふるに、最初には全く想像もなす事なく、更に禽獣に異ならざりしが、死を嫌ふの天性よりして、霊魂の死せざる事と、霊魂の帰する処とを想像し、次に死を避けんとの天性よりして、自然の怪力を敬するの心起り、次に言動の粗なるよりして、祖先を神聖と想像するの心起こり、次に霊魂不死の考えよりして、祖先の霊魂天地に照臨なしますと想像し、次に祖先の霊魂神となりて、之を祭れば諸の災害を治し給うの威力のあることを思い、是より神威愈々盛にして、人間万般の諸行を指揮賞罰せらるるに至れり。もし未開の世に当て、人の心には道理を窮むる猶像なければ、風浪の忽ち動き、雲切の俄に起こるも、皆な怪力の仕業なりし事も尋常の事となり、怪力の仕業大に減少すべきけれども、人の幽瞑に心を注ぐ事、亦た次第に進むべければ、怪力亦た性質を変じて神となり、神の領する処次第に高尚幽瞑の地位に登れり。故に其尊厳亦た隋って増加し、信仰の心愈々深くして、神道の基礎となりにけり。然れども未だ黄泉に於て神の威力ある事と、現世の所業の善悪に因て、死後霊魂の帰する所に差別ある事を想像するに至らず、黄泉と云える語は、仏法にて所謂天堂地獄を兼ね称するの語なり。故に其想像未だ十分に成熟せりとも思はれざるなり。

田口 卯吉「日本開化小史」

2016年10月6日木曜日

無知し奴隷同然に放置

 学者たちは人間的関心事についてはもう十分知悉しており、人間界の外にあって人間の心理発見能力を越えるような事物の研究のためには、そんな問題は無視したってやっていけるとでも思っているのかとソクラテスは尋ねるのである。かれらは基礎的な諸点においてさえ自分たちどうし意見が一致せず、互いに異論を唱えあっているのに。あるいは天空の事象を研究することで、天候や気象を制御できるとでも思っているのだろうか、それともどのようにして風が吹き、雨は降るのかを知りさえすればそれで満足なのだろうか。ソクラテス自身はただ人間的関心事ー何が人々を個人として、あるいはまた市民として善き者にするのかということだけを論じたとクセノポンは言う。この分野では知識は気高い人格の条件であり、無知は人を奴隷同然の状態に放置するものだった。
 クセノポンの報告を信頼してよいのなら、ソクラテスは当時行われていた自然について思索を二つの根拠から拒否した。それは独断的であり、役に立たないというのである。
 一つめは、自分たちの話すことが真実であると知りうるはずがないのに自信たっぷりに教える人々の話を信じるように求められたときの反論である。イオニアの自然学者たちが世界の起源を叙述する場合、かれらはそれを自分たちがそこに居合わせて目撃したような確かな口ぶりで語っていた。
 もう一つの反論は、そういう理論は役に立たないというものである。「役に立たない」という言葉でソクラテスが何を言おうとしていたのか、クラノホンの説明はその点のかれの無理解を露呈している。
 ソクラテスが「役に立たない」と言ったのは、どちらかというと、人間の主要かつ本来的関心事だと彼が思っていたものー自己自身と正しい生き方についての知識ーのためには役に立たないということだった。人生の終極目的はいまこの時この場所において知ることができる、そうソクラテスは思った。

フランシス・マクドナルド・コーンフォード「ソクラテス以前以後」

2016年10月5日水曜日

既成の秩序のために生存を犠牲

 日本人にとっては、已の民族の既成の秩序になんの摩擦もなしに順応するのは当然のことであるのみならず、その秩序のためには自己の生存をさえも泰然として犠牲にししかもそのために仰々しく騒ぎ立てられることはない。ここに初めて、仏教の及ぼした影響の成果と、同時にそれに基づくもろもろの術の持つともなしに持っている教育的な価値形成とが、明らかに現われる。この内面の光によって、死も、祖国のためにみずから進んで求める死さえも、崇高な清祓を受け、同時にあらゆる恐怖が跡形もなく消え失せる。仏教ならびにすべて真の術の鍛磨が要求する沈思とは単純に言うならば、現世および自己から訣別ができ、無に帰し、しかもそのためにかえって無限に満たされることを意味する。これが幾度も修練され、実際に経験されるならば、そして、決定的に理解された思想としてではなく、意識的に持ち出された決意としてでもなく、非有の中の現実の有として生きられるならば、これは死をも、また意識しながら死んで行くことも、沈思そのものに対するように少しも恐れないあの自若とした落着きを生み出す。じじつ、人間の生存がただ数瞬にして取り消されるものにせよ、あるいは持続するものにせよ、いずれにしてもそれは非有野中の有に移されることに変わりはない。
 同時に、ここにかの武士道精神の根源がある。日本人がこの精神を已れにもっとも特有なものとするのは当然と言っていい。そのもっとも純粋な象徴は朝日の光の中に散る桜の花びらである。このように寂然として内心揺ぎもせずに生から已れを解き放つことができるというそのことにこそ、終わりが初めに流れ入る生存の、唯一ではないが究極の意義を実現し、かつ開示する。

オイゲン・ヘリゲル「日本の弓術」

2016年10月4日火曜日

服従は憤り恨むよりは慄然と恐れ畏む

 人生における最も深刻なる経験は、われ意志す、しかしてわが意志に手むかう者実在することである。何故ならばこの経験においてわれらは現実に自己と自己にあらざる他者との実在に触れるからである。圧倒的な他者の抵抗素子に会うて、見るかげもなく崩れついえる経験である。これ以上に痛烈深刻な他者他力の体験はない。
 深刻に自己よりも大なる者に立脚せしめる。手痛く神に投げ放たれ打ちすえられて、人は始めて絶対的に神の愛護を信じ、徹底的無条件に神意に服従するようになる。それは深刻なる抵抗の経験であると同時に。又最も強烈にこの抵抗する者の実在と実力を思い知らせしめる。その時われわれは已が石の阻まれたことを憤り恨むよりは、慄然として地に伏し魂をふるわして恐れ畏む。或る圧倒的実在者への畏怖である。痛烈深刻におのれの微力無力さをさとられたのである。しかもこのさとりが我らを小さく萎縮させずして、却って我らを安住せしめるのである。そうして暢びしめるのである。かくして我らは初めて全く新なるいのちに溢れるのである。一度死して再び生きるのである。この旺なる更生は痛烈なる苦悩を通してのほか得られない。そしてここに苦悩がもたらす福音がもたらす秘密があるのである。

三谷 隆正「幸福論」

2016年10月3日月曜日

戦争は気味悪く心は弾む

 1872(慶応4)年辰年の5月15日、私の17歳の時、上野の戦争がありました。今から考えてみると、徳川様のあの大身代がゆらぎ出して、とうとう傾いてしまった時であった。
 上野へ彰義隊が立て籠もっていましょう。それが官軍と手合わせをはじめるんだそうで。どうも、そう聞いては安閑とはしていにられないんで、夜夜中だが、こちらにも知らせて上げようと思って、やって来たんです。
 戦争と聞いては何となく気味悪く、また威勢の好いことのようにも思われて心は弾む。上野町の方へ曲がって行こうとすると、其所に異様な風体をした武士の一団を見たのであった。武士たちは袴の股立ちを高く取り、抜き身の槍を立て、畳をガンギに食い違えてに積み、往来を厳重にしているのである。
 ドドーンゝゝという恐ろしい音が上野方で鳴り出しました、それは大砲の音である。ドドン、ドドン、パチパチパチという。陰気な暗い天気にこの不思議な音響が響き渡る。10時頃と思う時分、上野の山の中から真っ黒な火が見えて来ました。彰義隊は苦戦奮闘したけれども、とうとう勝てず、散々に落ちて行き、昼過ぎには戦がやみました。
 その戦後の状態が大変で、死屍が累々としている。二つ三つの無残な死骸を見ると、もう嫌な気がして引っ返しました。その戦後の惨景は目も当てられず、戦いやんで昼過ぎ、騒ぎは一段落付いたようなもの、それから人騒ぎ起こったというのは、跡見物に出掛けた市民で、各自に刺子絆纏などを着込んで押して行き、非常な雑踏。すると人心は恐ろしいもので欲張り出したのであります。

高村 光雲「幕末維新回顧録」

2016年10月2日日曜日

自由の危機が抑圧と戦争に導く

 自由の第1条件は経済的発展である。自由が危機に瀕するのは1社会の経済が縮小始める時である。経済的発展に失敗した暁にも政府が依然権威を維持しようとすれば、1つは国内抑圧、他は戦争である。
 生活に不足なく、かつ、考える余裕をもつということ、これが自由な人間の根本条件である。財産の所有者たちは、一応ある点までは、社会改良の手段によって資本主義の敵対者を籠絡しようとする。しかし、いったん財産かデモクラシーかの決定点に達すると、已の財産を択んでデモクラシーを破壊するという重大な危険が常に発生する。
 誰でも、欠乏からの自由は望ましいということにかけては原理的に一致している。アメリカ合衆国については望み薄である。というのもその莫大な生産力に拘らず、富の配分の合理的解決に遠い。報酬は個人の労働と節約とに比例する代わりに、むしろほとんど反比例をなす。最も少なく受け取る人こそ最も多く労働し節約する。
 自由とは本質的に拘束の欠如の欠陥である。権力は、自由な活動を埃ってはじめて発揮できる種々の能力の行使を阻害する。自由がその目的へと進み行くためには、平等の存在が大切である。平等とは社会がある人々の幸福の要求に対し、他の人々に対するよりも余計な障害を設けないことである。
 個人に残されたただ一つの道は、市民としての行動の導き手である良心に従うことである。それ以外のやり方は自由を裏切ることに外ならない。抑圧すべきものの選択を委託する人々は、単に、社会福祉に熱心であるでは全く不適当である。知的盲目者が、自分の建てた勝手極まる基準に市民を従わせようとするのである。純潔は、全くひどい無知に過ぎず、よれによって自由は滅殺され、人間の人格は、全く容赦し難いまで拘束される。

ハノルド・J・ラスク「近代国家における自由」

欲望は悪を好み善を目の敵

 スペイン人は、王が部下を小刀と綱以外戦闘用の武器も身を守る道具を携えず、全員率いてカルマルカの町に近づいて来たことを知り、町から一レグワ半離れたコノクまで出向き、彼らを迎えた。インディオが集合していた広場に通じる出入り口を四カ所占領し、その結果広場は完全に封鎖されてしまった。
 インディオは、ひとり残らず、まるで羊のように閉じ込められた。インディオは大勢いたので、身動きがとれず、また、武器も携帯していなかった。スペイン人は凄まじい勢いで広場の中央を目指して襲いかかった。彼らは、インディオたちが喚声を上げていたので、馬、県、火縄銃をくしして、さながら羊を屠殺するかのように、インディオを殺し。スペイン人に刃向かったインディオはひとりもいなかった。その場に居合わせた一万人のインディオのうち、惨殺を免れたのは二百人にも満たなかった。殺戮を終えると、スペイン人はインディア王のアタグゥルパを牢に連行し、その夜一晩中、首に鎖をかけ、裸のまま監禁した。
 しばらくすると、スペイン人が暮らせていけるよう、部下ひとりひとりに例外なく貢ぎ物を差し出させた。その一方で、先祖代々受け継いだ莫大な量の財宝をスペイン人に差し出した。スペイン人たちは受け取ってすかり満足した。
 ところが、人間の欲望は測り知れないほど深く、数年経過すると、スペイン人もすっかりその虜になってしまった。スペイン人はあらゆる悪を好み善を目の敵にする悪魔に魅入られ、どのように責め立てれば、すでに手に入れた金銀をインディオからせしめることができるかを密かに謀議を図るようになった。

テイトゥ・クシ・ユパンギ「インカの反乱ー被征服者の声」

2016年10月1日土曜日

感情のみに走る国権主義と忠君愛国

 十七歳の時には妾(わらわ: 女性がへりくだって自分をいう語)に取りて一生忘れがたき年なり。吾が郷里には自由民権の論客が多く集まりて、日頃兄弟のごく親しみ合へる。時の政府に国会開設の請願をなし、諸懸に先立ちて民衆の迷夢を破らんとはなしぬ。
 かかりし程に、一日朝鮮動乱に引き続いて、日清の談判開始せられたりとの報、端なくも妾の書窓を驚かしぬ。我が当局の恥辱を賭して、偏に一時の詠歌を衒い、百年の患いを遺して、唯だ一身の苟安を翼ふに汲々たる様子を見ては、いちど感情にのみ奔るの癖ある妾は、憤慨の念燃えるばかり、遂に巾国の身をも打ち忘れて、いかで吾奮い起ち、優柔なる当局及び惰民の眠をさまし呉れでは已むまじの心となりしこそ端たなき限りなりしか。
 嗚呼斯の如くにて妾は断然書を投げ打つの不幸を来せるなり。当時の妾の感情を洩らせる一片の文あり、素より狂信の言に近きけれども、当時妾が黒鍵主義に心酔し、忠君愛国てふ事に熱中したりし其有様を知るものに足るものあれば、叙事の順序として、抜粋することを許したまえ。斯は大阪未決監獄入監中に起草せるものなりき。妾はここに自白す、妾は今貴族豪商の喧騒を憂ふると共に、又昔時死生を共にせし自由党有志者の堕落軽薄を厭へり。我等女子の身なりとも、国のためてう念は死に抵るまでも已まざるべく、此の一念は、やがて妾を導きて、頻りに社会主義者の説を聴くを喜ばしめ、漸く彼の私欲私利に汲々たる帝国主義者の云為を厭はしめぬ。
 嗚呼学識なくして、徒らに感情のみに支配されし当時の思想の誤れりしことよ。されど其頃の妾は憂世愛国の女志士として、人も容されき、妾も許しき。姑らく女志士として語らしめよ。
 獄中述懐(1885(明治18)年12月19日大阪未決監獄に於いて、時に19歳)
  元来儂は我国民権の拡張せず、従って婦女が古来の陋習に慣れ、卑々屈々男子の奴隷ためを甘んじて、天賦自由の権利あるを知らず己れがために如何なる弊制悪法あるも恬として意に介せず、一身の小栄に安んじ錦衣玉食するのを以て、人生最大の幸福名誉となすのみ、豈事体の何物ためを知らんや、況や邦家の休戚をや。未だ嘗て念頭に懸けざるは、滔々たる日本婦女皆是にして、恰も度外物の如く自ら卑屈し、政事に関する事は女子の知れざる事となし一も顧慮する意なし。

福田 英子「妾の半生涯」


女性解放運動の先駆者「東洋のジャンヌ・ダルク」

2016年9月28日水曜日

自尊心が宗教に次いで悪徳を押さえる

 このベレンサレムの国ほど貞潔な国、汚職と悪弊を免れている国はないのです。人間世界の中で、この国民の純潔な精神ほど美しく、誉むものはないからです。あなた方は結婚を無用のものとして、不倫な欲望を癒すものてして定められている。ところが卑しい欲望をもっと暗にに癒す薬が手近にあると結婚はお払い箱になります。結婚して繋がれるよりは放縦不純な独身生活を選ぶ人が多くみられ、結婚しても、年をとり青春の活力が失われてから結婚する人が多いのです。求められるのは姻戚関係とか字残金とか名声とかで、子孫を残すことは付けたりの望みです。また勢力を卑しく浪費してしまった者は、貞潔な人々のように、子供を大切にするはずはありません。こういう、放蕩が、どうしても止むを得ざることしてのみ許されるならば、結婚したら止むはずですが、果たして結婚で事態は多いに改善されますか。いや相変わらず放蕩は続き、結婚はないがしろにされます。変化を求める悪しき習性と罪が芸となるの快楽が、結婚を退屈なもの、一種の懲罰か税金のようなものにしている。
 これらの悪習を、自然にもとる情欲のような、より大きな悪徳をさけるためだと弁護されるそうですが、本末転倒の知恵である。いやそればかりでなく、そんなことをしてもほとんど何の益にもならぬ、同じ悪徳と肉欲が跳梁している。背徳の情欲は炉のようなもので、焔を全部消せばいったんは消えるが、排け口を与えればまたもえさかると言うのです。男色については、ここではいったんは消えるが、ここでせはその気配さえありませんが、それでいて。この国でみられるほど信義に厚く、破られることのない友情は、他のどの国にもありません。要するに、この国の人々ほど貞潔な国民は聞いたことがなく、彼らの口癖は、「貞潔でない人は自分を尊敬できない」で、こうも言っています。「自尊心は、宗教に次いで、あらゆる悪徳を押さえる最大の手綱である」

フランシス・ベーコン「ニュー・アトランティス」

2016年9月27日火曜日

日本臣民は分子にして徴兵者

伊藤博文が勅令を奉じて起草した大日本帝国憲法の草案と半官的な遂上や説明書である「憲法義解」(1889(明治22)年)。

第二章 臣民権利義務
第二十条 日本臣民は法律の定むる所に従い兵役の義務を有す

日本臣民は、日本帝国成立の分子にして、共に国の生存独立及び光栄を護る物うなり。上古依頼我が臣民は事あるに当てその身家の私を犠牲にし本国を防護するを保って丈夫の事とし、忠義の精神は、栄誉の感情と共に人々祖先依頼の遺伝に根院おし、心肝に浸漸して持ってう一般の風気を結成したり。聖武天皇の詔に曰。「大伴佐伯の宿祝は常も言うごとく、天皇が朝守りつかえ奉る事顧みなき人塔にあれば、汝等の祖ども言ひ来らく、『海行かば、みづく屍、山行かば草むす屍、王のへにこそ死なめ、のどには死なじ』と言ひ来る人等ともなも聞しめす」と。この歌即ち武臣の相伝へて以て忠武の教育をなせる所なり。大実以来軍団の設あり。海内壮兵役に耐ふる者を募る。持統天皇の時毎国正丁四分の一を取れるは即ち徴兵の制の由て始まる所なり。武門執権の際に至て兵農職を分ち、兵武の事を以て一種族の専業とし、万制久しく失ひたりしに、維新の後、明治四年武士の常職を解き、五年古制に基き徴兵の令を履行し、全国男児二十歳に至る者は陸軍海軍の役に充たらしめ、平時毎年の徴員は常備軍の編成に従い、而して十七際より四十歳迄の人員はこと悉く国民軍とし、戦時に当たり臨時招集するの制としたり。此れ徴兵法の現行する所なり。本条は法律の定むる所に依り全国臣民をして兵役に服するの義務を執らしめ、類族門葉に拘らず、又一般に其の志気身体を併せて平生に教育せしめ、一国雄武の風を保持して将来に失墜せしめざることを期すなり。

伊藤 博文「憲法義解」

2016年9月25日日曜日

戦争の記憶は代理経験と空想

 人間が他の動物と違うのは、自分の過去の経験を保存する点にある。過去に怒ったえことは、もう一遍、記憶の中で経験される。けれども、記憶の再生が正確なことは稀である。私たちにとって興味あるものを、興味あるゆえに記憶する。記憶というものには、危険や不安だけを除いて、戦いの興奮がすべて含まれている。それを生き返らせて楽しむのは、戦いや過去に属している意味とは別のある意味によって現在の瞬間を豊かにすることにほかならない。記憶とは、実際の経験に伴う緊張、不安、苦悩を抜きにした経験の情緒的価値のすべてを含む代理的経験である。
 戦闘の勝利は、勝利の瞬間よりも、戦勝祝賀の舞踏の時の方が痛切であるし、狩猟が意識的な、本当に人間的な経験になるのは、それを語り、その真似をする時である。人間が過去の経験を再生するのは、そのままでは空虚な現在に興味を添えるためである。記憶の本来の働きは、性格な想起というより、空想や想像の働きである。結局、大切なのは、物語であり、ドラマである。
 私たちは、普通の人間の普通の意識は、知的な研究、探求、試作の産物ではなく、さまざまな欲望の産物であるという事実を認める必要がある。私たちは、とかく自分を規準にして他人を判断し易い。合理性な非合理性というのは、知的訓練を受けていない人間性にとっては全く縁もなく重要でもないということ、人間は、思考よりも記憶によって支配されるものであること、その記憶も、実際の事実の想起ではなく、連想、暗示、ドラマティクな空想である。
 本質的な善は、恒常性と緊急とのゆえに大衆の関心事である日常利害から切り離されている。この区別を利用すると、奴隷や労働者階級は国家ー共和国ーにとって必要ではあるが、国家の構成員ではない。単に手段的と考えられるものは、機械的価値に近いわけで、本質的に価値を書くうと考えられたら最後、みな無価値になってしまう。

ジョン・デューイ「哲学の改造」

他と区別する自我が自由を殺す

 考えると美醜の二元相対は、人間の分別が作為したもので本来の面目ではあるまい。丁度天候それ自身に、寒暖の二はなく、立場を異にするとある人には暑く、ある人には寒いと呼ばれるに過ぎない。だからそれは人間の作為による区別に他なるまい。本来は無記である。
 同じく美悪美醜の分別も人間の作為に過ぎぬ。故にこれに囚われるのはあたらな妄想を描いて、これに煩わすに外ならぬ。本来は清浄であるのに、強いて美醜の二つの葛藤妄想を起こすから、とにかく濁るのである。濁ればなかなか救いが来ない。故に不二に居ればおのずから救いが与えられよう。不二に居るとは、二つに囚われない身となる事である。だから知的分別を振り回す者はとかく道を謝る。作為に囚われて、道を失うからである。
 二つの世界に在る事は、不自由に在る事である。この自由を殺す最も大きな力は自我である。「他」と区別する「自」である。自我への執着は人間を奴隷にする。作為をこらせば作為に倒れる。しかし作為を意識的に殺せば、新たな行為で、循環するに過ぎぬ。分別に縛られては、人間を殺すに等しい。どうしても分別に在って分別に終わらぬ世界に出なければならぬ。
 どうしてこんな悲喜劇が起こるのか。知る事と見る事、知る事と行う事、知る事と味わう事とが一致しないのである。あるいは一致というよりも、前後しているという方がよいかも知れぬ。即ち、見て知るのではなく、知って見ようとするからである。行って知るのではなく知って行おうとするからである。味わう事で知るのではなく知れば味わえると思うからである。あの善悪の標準を見ましても、程度の差であったり、立場の差であったり、国状の別に依ったり致します。時代で国土でどんな内容を異にするのでありましょう。

柳 宗悦「新編 美の法門」

2016年9月24日土曜日

帝国主義政策の併合行為

 トゥバの地域の重要性は、それが相互に抗争し合う人種、宗教、政治権力の前哨戦をなしていることにある。そこにはシベリアから追い出されて、地下資源と魚と毛皮獣に富んだこの地にやってきたロシア人の入植者がいる。偉大な過去の相続人でありながら、堕落したラマ教の腐敗敵な影響によって、とっくに骨抜きにされてしまったモンゴル人の諸族がいる。ジュンガル平原には、イスラム教の最前哨をなす人たちがいる。そこには注目すべき活力と活動を展開しているシナがある。カラザースがその研究と施策の背景にあって、繰り返し問うた問題は、かつて世界史の中で、これほど大きな役割を演じ、また再び未来を持つに違いない。秘密に満ちたこの一体において、未来はいったい誰のものかということだ。ただひとつの回答だけだ。
 未来はロシアのものだった。今日、中央アジア北部のこの地域を支配しているのはソビエトだ。新しい庇護者となったロシアは、この国でまったく自分の国のようにのびのびと振る舞った。新しいモンゴル政府、聖なるホトクトとその大臣たちは、ロシアの総督が命じた通りを実行しなければならなかった。
 トゥバがロシア領にされたやり方は、トゥバの併合が帝国主義政策の行為であり、イタリアがトリポリを、イギリスがスーダンを併合したのと異ならないのは疑いのないところだ。トゥバにおいてソビエトがやったことを見れば、このすばらしい具体例から、新ロシアの外交政策の本質がどんなものであるか、判断を得ることができるだろう。

メンヒェン・ヘルフェン「トゥバ紀行」

2016年9月23日金曜日

慣習から複雑から単純の体制は認め悪い

 生命は真実には何によって構成されるか、またこの自然的現象が一つの固体内に生じその存続期間を打長し得るために必要な条件は如何なるものであるか。あらゆる体制の中で最も単純なものが生命の存在に必要なる諸条件の必須のものだけを示し、それ以上に迷わすような何も示していないので、外見上かくも困難な問題に解決を与える適確な手段が見出されるのかは単純なる体制以外にはない。
 生命の存在に必須な諸条件は、複合程度の最も少ない体制に、最も単純なな限度に限られてではあるが揃って見出されるので、問題は、如何にしてこの体制が何等かのの変化原因により、より複雑な体制を生ずることができ、動物段階の全域について観察される段々とより複雑な体制を発生させ得たかを知るにあった。観察の結果到達した次の二つの考察を用いて、この問題の解決の途を見出した。
 第一に、一器官の反復使用はその発達を助成しそれを大きくすることさえあり、これに反して、一器官の使用の廃止は、それが習性的となれば、その発達を妨げそれを萎縮させ次第に小さくし、そしてこの使用の廃止が、生殖にとって相次いで生じるすべての個体によって長期間継続されると、その器官の消失を来すということを、多数の既知事実が証明している。これによって、環境条件の変化が動物のある種類の個体にその習性を変更するよう強制すると、使用度の減じた器官は少しづつ萎縮し、使用度の増した器官はますます発達し、それらの個体が習性的に行う使用の度に力と大きさを獲得される。
 第二に、流動体を含む非常に柔軟な部分におけるその流動体の運動力について、生物体内の流動体の運動が加速されるに従ってその流動体が運動の場としている細胞組織に、変化を与え、そこに通路を開き種々の脈管を形成し、ついにその流動体が見出される体制の状態に従って各種の器官を造るに到る。
 諸動物に関する我々の全般的配類は、今日までの状態では、自然が生命を有する成生物を次々に発生させるにあって遡った序次そのものとは逆な配位を表しているのであって、しばらく慣習に従って、最も複雑なものから最も単純なものに進めば、体制の構成における進歩の知識を補足することが困難となり、この進歩の諸原因、此の方彼方でその進歩を中断させている諸原因の何れわも認め悪い状態に置かれるのである。

ジャン・バティスト。ラマルク「動物哲学」



2016年9月22日木曜日

人は不実に流れ、国は乱を機ざす

  世の風俗の移り変わる事、雲の起こるが如く、水の流れるが如く、人身の老いゆくが如く、昼夜止まらざるなり。人は不実に流れ、国は乱を機さず。人情一度軽薄に流れなば、再び性善に復しがたく、国家一度乱るるれば、再び収まりがたきし。古来の歴史にも見えし如く、治は保ちがたく、乱は鎮めがたし。すでに中古南北両朝の戦より、国々兵乱打ち続き、干戈止む時なく、世上道理絶え、礼儀廃り、君臣の道を失い、上君徳に背き、下臣道を絶ち、臣として君を失はん事を計り、君または臣を失はん事を思ひ、あまつさえ主君を弑して国郡を押領し、あるいは親子兄弟拒みて領地を争い剣鎗に及び、また同列朋友互いに計りて、権威を逞しくせん事を欲し、あるいは受領口宣なくしてほしいままに国の守を名乗り、さらに官職のためのみなく、尊卑の次第を失い、人心雲水の如く、危々として薄氷を渉り、耕田荒廃し、鰥寡孤独の類のみ多くでき、神仏仏閣破壊し、奸盗殺害、常の業となり、誠に天地の道理を失ひて、二百有余年を経るといへども、なお治むること能わず。時に当たりて城郭を砕き、国郡を犯し奪へる英雄豪傑はあまたありといへども、国を治め果せる人傑もなく、稀有に治め得る主将もその徳薄く、仁政の至らざるにや、永く保つこと能わず。
 しかるにかかる御治世の結構に倦み誇りたるというべきか、実に安逸鼓腹に余りたるか、近来風俗転変し、奢侈超過し、上下その分限の程を失い、花麗日々に増し、月々に盛んになりて、人情うき立ち、根元の信義薄くなり、治世のありがたき御恩沢の程も弁えず、下賤のものまでも気象高ぶり、我儘に構え、得手勝手に身の栄耀を調ふる事のみ欲し、それに随つて内申に私欲の情募り、我より下たる者への権威をふるまひ、上たるには媚び諂い、虚言偽りて人を犯し奪う事を欲し、万事軽薄にのみ走り、表向きは穏和にして、礼儀も厚く見えて内心の実意薄く、忠孝の志もはるかに劣り、慈愛の情も薄くなり、物事すべて義理によらず、また賢愚に拘らず、とかく財利により、貧福を眼目とし、身の奢り飾りの美事なると、また見ぐるしくて、人の勝劣を沙汰する当時の振合ひなる故に、その身高くまた道を正しく守るといへども、貧しきは世に疎まれ、人に遠ざれらるるなり。その身卑しくまた愚かなるとも、財宝を貯えたるは世の上に敬し挙げられ、楽しみを貴人・高位と等しく極るなり。

武陽 隠士「世事見聞録」


2016年9月21日水曜日

犠牲を軍艦に変える富国強兵

あゝ飛騨が見える厳しい冬将軍があたりを覆い尽くす頃、みねという名の製糸女工が野麦峠の長上で死んだ。
口減らしのため岡谷の製糸工場へ出かせぎに行き過酷な労働と折檻に耐え青春を過ごした。
明治政府が強引に推し進めてきた生糸を、軍艦に変える富国強兵政策を底辺で担ったのは、無数の女工たちであった。
女の生きるための哀歌であるとともに、数百の聞き書きによって浮き彫りにした素顔の日本近代史である。
無学の女性が大多数、産めよふやせよ、戦争の兵士にするために、青春時代を戦いにあけくれ敗戦となる。
人間は何のために生きているのか。
無智な親を持って我が身がいとおしいと過ぎた人生を語る。
仕事のできる人は幸せなりと、只一人泣く。

山本 茂美「あゝ野麦峠ーある製糸工女哀史」

2016年9月20日火曜日

感情主義は保守主義を含意

 誰もが自分の推論の能力を過大評価しているといこと自体が、この能力がいかに浅薄なものであるかを示すのに十分である。実際にうぬぼれるのはつねに、姿の美しさとか特殊な技術のうまさなど、無意味な資質の方である。魂の実質的部分をなしているのは本能であり感情である。
 感情主義は保守主義を含意する。そして保守主義はその本質からして、いかなる実践的な原理についても極端にまで推し進めることを拒否する。保守主義者が言いたいのはただ、突発的に損なわれるにまかせたり、あるいは倫理的な規範を急速に変えたりする人は、賢くない人だということである。決定的な重要性をもつ事柄は、感情に、いいかえれば本能に委ねられている。すべての力を発揮する過程で主として頼りにすることができるのは、魂の部分のなかでももっとも深く確実な部分ー本能ーの方である。
 思考における、感情における、行為における一般化、連続的体系の豊かな拡がりこそ人生の真の目的である。人間のすべての知的発展が可能になったのは、あらゆる行動に誤りの可能性があるという事実のためである。「過つは人間の性」こそ、もっとも熟知している心理である。生命の無いものはまったく誤りを犯さない。
 観念は類似性にとくに価値を認め、強調する性質をもっている。ある感覚質が鮮明な意識をもたらされるなら、直ちにいくつかの別の質の鮮明さも増加する。概念は観念ではなく精神の習慣である。一般観念が繰り返し生じ、その有用性が経験されるならば、一個の習慣が形成される。

チャールズ・サンダース・パース「連続性の哲学」

2016年9月19日月曜日

戦争に生死の権利を握る首領

自分たちの身柄も財産も掠奪から守られず、目の前で土地を荒らされ、子供を奴隷に連れられ町を落とされないようにカエサルに援助を求めた。
カエサルに降伏の使節をよこすと、カエサルは人質と武器と奴隷を求めた。
勝った者が負けた者に思いのままの命令をするのは戦争の掟である。当たり前の状態をまもって年貢を納めている限り、不当な戦争はしないとおどす。
敵も最後の望みをかけて奮戦し、先頭のものが倒れば次のものは倒れたものの上にたって屍の中で戦い、これらのものも倒れると生き残ったものはさらに死体を積み重ねた。
兵士は命ぜられたとおり飛び出し、陣地を取るつもりで来たものを到る処で取り囲んで殺し、その野蛮人3万余りの3分1以上を殺し、その村の家をすべて焼き払った。
すべての若者、智略や名望のある年寄りは集り、町の護りようもなく、身柄財産をカエサルにあげて、元老をすべて殺し、残りは奴隷として売り払った。
カエサルに平和と友情を求めるのに対して、人質を差し出すように命じ、村と家とをことごとく焼き払い、穀物も刈り倒した。
ローマ軍の大軍に迫られると、塹壕の中に投げ込み、闘いながら死んだ、夜まで攻撃を支えたが、夜になると救われることを諦めて自殺した。
国境をできるだけ広く荒廃させて無人が最大の名誉である。隣が土地をおわれて去り、誰も住もうとしない、不意の侵入の恐れがなくなり、一層安全と思っている。
部族が戦争をしたり、しかれられて防いだりする場合には、戦争を指揮して生死の権利を握る首領が選ばれ、平和の時には一般の首領はおらず、裁判をして論争を沈める。

ガリウス・ユリウス・カエサル「ガリア戦記」


日本軍隊は警察国家日本の産物

 いかなる制度にも長短はある。そして、その制度での人間の優劣賢愚によって、制度は生きもし死にもする。党員のなかにも愚劣な人間がいて、制度の短所を一新に集めているかと思うと、実にほれぼれするような人間的な党員もいる。非党員のなかには、新しい制度に納得がゆかぬながらも、巧みに制度から利己的な甘い知るのも吸おうとする人々もいるし、今更新しい制度に希望は持てないにしても、周囲にいる人間に対する愛情を活かして、下積みの苦しい生活を静かに送っている人々もいる。
 ソヴィエト権力の触手が、蜘蛛の巣のように小さい身体の上に覆いかぶさっている。その権力に対しては、どんな真実も、釈明も役に立たないように思われるし、その権力は個々の人間の生命や、その家族の幸福などは全く無視して顧みないようにさえ思われる。
 あらゆる善意にもとづく努力にもかかわらず、その権力がおそろしく官僚主義的・秘密主義的で、暗くおそろしいものだという印象を拭い去ることができなかった。個々の囚人の切実な訴えに耳を傾ければ、罰日が不明だったり、その処罰が余りにも非人間的だったりする。それは理性を超えた闇の力ーテロリズムではないか。
 日本の軍隊であったなら、軍曹は殴打、重営倉、降等、場合によっては銃殺を以って酬いられることは明らかだ。あらゆる政治組織は、自身の姿に似せて、その軍隊を作り上げる。兵隊が完全に無権利な状態に抑圧された日本の軍隊は、まさに民衆の基本的人権が無視されたいた警察国家日本の産物であった。

 高杉 一郎「極光のかげにーシベリア俘虜記」

2016年9月17日土曜日

偏狭な非情で萎縮さす野蛮な愛国主義

  愛国とは何ぞ。如何なる人士に負はしむるに愛国といへる栄名を以ってすべきや。世間似て非なるもの多し。紫の朱を奪うは、古今の通弊に非ずや。
 常に其の眼前に遮りて遠征の人を悩殺す。此れ吾が祖宗の国なり。我等の汗は、其の土壌に滴りぬ。我らの血は、その誉ある幾多の戦場に流れたり。我らの痕跡は、吾が衣装に、慣習に、言語に、終にまた文章に残りて甚だ鮮やかなり。吾人が国を愛するは、単に郷土を愛するのみに非ず。愛国の真意は、国民を愛するに在り、其の歴史を忘れ難く覚ゆるに在り、夢床の間に其の英雄と交通するに在り。
 真正の愛国は、既往に束縛せらるるものに非ず、今に居て能く過去を継承し、其の精神を拡充して、大いに新田地を開拓するを期するものなり。祖宗の偉業を弘め、粛々として、其の大成を図るは、国を愛するものの志す所なり。往を承け来に継ぐの大義を忘れ、漫に国粋の主義を唱え、鎖国的の国民論を主張するのは、抑また愛国の本義を誤れるものに非ずや。此の主義に由りて、政治を論ずるものは、実に固弊にして其の国に害すること甚だし。
 一国の民、其の自己を執りて、固く立たず、妄りに外国の風習、文物に屈従し、奴隷の如く其の模倣に奔走するのは、吾人の非難する所なり。吾人は当然なる国民主義に左袒す。偏狭なる区域に躊躇して、広く人類の同情同感を求めず、固弊な国民の視覚を萎縮せしむること甚だしき。これを名付けて、野蛮と称す。

斉藤 勇「上村正久文集」

2016年9月16日金曜日

抽象的精神から可視的的に歩む文化

 印刷された書物は中世期に大伽藍の果たした役割を引きつぎ、民衆の精神の担い手になった。しかしながら、千冊の書物は、大伽藍に集中された一つの精神を千の意見に引き裂いた。言葉は石を粉砕した。
 見える精神はかくして読まれる精神に変わり、視覚の文化に変わった。この変化が生の相貌を一般的に大きく変えてしまったことは周知の通りである。概念と言葉の下に生き埋めになつている人間を再び直接人の眼に見えるように引き出す。
 使用されない器官は退化し畸型化するというのが自然の法則である。言葉の文化にあっては、表現手段としての我々の肉体は使用されず、そのために表現能力を失い、ぶきっちょで、幼稚で、鈍重で、粗暴なものになってしまった。文化は抽象的精神から可視的肉体への道を歩むかにみえる。意識的な知が無意識的な知覚力になる。
 人間における外的なものとは何か。地位・習慣・財産・着物、これらすべてが変容させ、おおい隠している。しかし人間はとりまくものに対して反作用する。人間は変容されつつ、こんどは自己のまわりのものを変容する。自己が大きな広い世界の中におかれていることを知る人は、その中に垣や壁をめぐらせた小さな世界を作り、それを自分のイメージに従って飾る。
 印章主義は、つねに全体の代わりに部分だけを示し、補足は観客の想像に委ねる。表現主義は、環境の全体像を示す。豊かな表情をも相貌にまで様式化して、まず第一に観客の感じとるような情緒を醸し出すことを、観客の想像に委ねたりはしない。
 カメラマンは意識的な画家でなければならない。第一に、視覚的芸術として映画はまた特に目を愉しませるものでもなければならない。第二に、一定の情緒を表現するからである。カメラマンは意識的に一定の情緒を表現するからである。だからカメラマンは意識的に一定の情緒を表現すべく勤めなければならない。

ベラ・バージュ「視覚的人間ー映画のラマーベラベラ」

2016年9月15日木曜日

紫禁城から日本公使館に脱走皇帝

 紫禁城の内務府はありふれた、型どおりの皇帝(溥儀: 清国の最後)の従順な僕であるだけでは十分ではない。もし自分達がいなかったら、皇帝は道徳的にも、肉体的にも、精神的にも、いっそう貧しくなってしまうであろうと思うところまで奉仕に徹する必要があったのである。実際はこれとはまったく逆で、革命前はもちろんその後も、彼らは一貫して内務府とは自分達の危篤の利益を計るための機関であり、自分自身の存在を継続させる口実を見つけ出すことにあった。
 皇帝は、優待条件に関する清室側の立案者の真の目的が、皇帝や一族を保護することにはなく、世間へ出て自分の力で生計をたてることに恐怖を感じ、王室は滅亡しようとも自分たちは無傷でいたい大勢の宮廷官史と宦官たち、そしてあらゆる種類の寄生虫たちの生活を維持するためであった、という意見をもっています。
  紫禁城の財宝は1933(昭和8)年の満州事変で、日本と満州国の軍隊の北京にたいする軍事的脅威によって、中国中部のいくつかの場所に急遽疎開しなければならなくなった際に、一般の注意をひくこことなった。
 北京での差し迫った内乱についての奇怪な噂はありがたいことに外国公使館にも何の情報も入っていないようだ。1934(昭和9)年11月29日最初に日本公使館に入った。外国公司のうちでも日本は、紫禁城から脱走する皇帝を受け入れるだけでなく、十分な保護を叶えてくれるであろう唯一の公使であったからだ。その他の外国公使館は、中国の内政に干渉すると解釈し、ひどく冷淡な態度をとる。
 特別列車が爆破された張作霖の死は、従来の満州における法と秩序の崩壊のきっかけとなる。1931(昭和6)年9月18日から有名な満州事変が起こったのである。1934(昭和9)年3月1日に皇帝は日本か強権をもって作り上げた傀儡国家「満州国皇帝」となった。

 レジナルド・ジョンストン「紫禁城の黄昏」

2016年9月14日水曜日

踊らされ中国に「征伐の役」

 神道では正邪の観念は浄、不浄の観念に置き換えられる。不幸や病気、とりわけ死および人間や動物の死体との接触は不浄なものとみなされた。かくしてある種の職業にたずさわる人々は、慢性的な癒しがたい不浄を背負わされることになった。そしてこのことが、社会から排斥された身分を生むのである。ひとたび穢れた死者は、不浄なものの「払い清め」ないし「叩き出し」の助けをかりて、清められるのが普通である。神道のいたって単純な儀式的側面は、この祓いあるいは浄化作用に尽きるといってもいい。
 幕末に対する天皇の回答は、彼自身、即刻厳格な断食の行に入り、祖国が異国の襲撃を免れるべく、全国でそれ相応の献祭をとりおこなうよう命じたという主旨のものだった。またこれとは別に、火急の事態にそなえるため、天皇は特別に頌歌をものした。他方最高会議は、この件でなんらかの合意を得ることができなかった。徳川が遺した法律も含め、この際何世紀にもわたる鎖国政策をきっぱりと捨てるべきと考えるものもいた。またあるものは、諸外国との関係の開始は災難にちがいないが、さりとて抵抗することもできないと認めている。
 明治維新からの国民教育省すなわち文部省自体が、きわめて困難な立場に追い込まれてしまう。異常に膨れ上がったこれら多数の生徒全員を官費でまかなうだけでも容易でなかったのに、これに加えて国民教育予算が、海軍省、陸軍省の兵備増強による財政危機のあおりをくって、とつぜん大幅に削減されてしまったからである。なぜ陸海軍省が増強されたかというと、イギリスに踊らされて「征伐の役」を不当とし日本側に屈辱的対応をとりだした中国とのあいだに、戦争が起こるのではないかと予想されたからだ。

レフ・メーチニコフ「回想の明治維新ーロシア人革命家の手記ー」

2016年9月13日火曜日

深層意識で天国にも地獄にもなる

   底の知られないように、人間の意識は不気味なものだ。それは奇怪なものたちの棲息する世界。その深みに、一体、どのようなものがひそみ隠れているのか、誰にも知らない。そこから突然どんなものが立ち現れてくるのか、誰にも予想できない。
 人間の内的深淵に棲む怪物たちは、時としてー大抵は思いかけない時にー妖しい心象を放出する。その性質によって、人間の意識は一時的に天国にもなり、地獄にもなる。だが怪物たちは、普段は表に姿を現さない。ということは、彼らの働く場所が、もともと表層意識ではないということだ。
 だから人間の、あるいは自分の、表層意識面だけ見ている人にとっては、それらの怪物は存在しないにひとしい。怪物たちの跳梁しない表層意識こそ、人は正常な心と呼ぶ。平凡な常識的人間の平凡な意識は、まさに平穏無事。もし怪物たちが自由勝手に表層意識に現れてきて、その意識面を満たし支配するに至れば、世人はこれを狂人と呼ぶ。つまりそのような表層意識の現れ方、表層意識としては、異常な事態なのである。
 そしてこのことは同時に、彼ら、内的怪物たち、の本来的な場所が、表層意識ではなくて深層意識であることを示唆する。深層意識領域という本来あるべき場所にあって、あるべき形で働く限り、どんなに醜悪妖異なものにも、それぞれの役割があって、そこにあるといことが、時には幽玄な絵画ともなり、感動的な詩歌をも生みもする。汚物を貪り食う餓鬼の類ですら、深層意識的現実の世界秩序の中では然るべき已れの位置をもっている。胎蔵界の外縁、外金剛部院を満たす地獄、餓鬼、畜生、阿修羅などの輪廻の衆生。
 こういうものたちが、その本来の場所である深層意識の観念領域を離れて、表層的意識面に出没し、日常世界をうろつき廻るようになる時、はじめてそこに人間にとって深刻な実存的、あるいは精神的問題が起こるのだ。

井筒 俊彦「意識と本質ー精神的東洋を索めて」

2016年9月12日月曜日

日本は全体と英国は自由を尊重

  わたしたちイギリス人の間では家族の結束はずっと弱いといえます。自分だけ金持ちでも仕方ないのでもちろん他の人の助けはしますが、家族に対する態度を比べると日本人とわたしたちの間には大きな違いがあります。一万キロも離れていることによる違いです。ここ東洋では個人の自由は重要ではありません。日本人は国民の幸せのためには個人の権利を放棄しなくてはならないと考えます。それで個人の自由を大切にする私たち西洋人が、日本時と同じように国民の幸福を望んでいることが理解できないのです。
 現在の変化しつつある世の中では、よいものを一部の人が占領するのではなく、みんなが共有するためには自由を制限を加える必要があるというのはもっともな意見で、私たちイギリス人も賛成です。それでも私たちにとっては命ともいえる個人の自由を放棄することは拒みます。どちらを向いたも目に入る他国の重苦しい全体主義の考えより、個人の自由を尊重する私たちの考え方がいいと思います。
 過程の中の一員が、その家族にとって資質を持つことがあります。肉体的な欠陥ならともかく、思想上の欠陥の場合には、例えば、旺盛な探究心に取り付かれたというような場合には、家族の中心的な人たちは、このまま放っておくと、一族の昔からの平和が荒らされることをちょ感敵に感じ取ります。あるいは、彼の方が自由を拘束する慣習に従おうとしないかもしれません。そんな時は、大人たちが勝手に本人のためと考えて、家族全員で事の解決にあたります。いかなる行動を起こすにせよ、両者ともに伝統に従って厳かに行います。何世紀にもわたって培われてきた家族に対する愛情は、その家独特の階層を作り出し、下の者は上に従順で礼儀正しく、またお互いが、あまり自由がない組織の中でできる限りの思いやりを持つようににりました。ある個人を愛するという自然で強い感情が、日本では、家族の愛に取って替わったのです。従って、団結した家族とその外の世界との境界線はイギリスよりもはっきりしています。

キャサリン・サムソン「東京に暮らす living in Tokyo 1928-1936」

2016年9月11日日曜日

コペルニクスは天の回転

 この天体の回転の書の中で、地球に運動を与えている意見を抱いている私は直ちに罰せられると言って騒ぎ出すであろうことを私はよく存じています。けれども私の意見は他人の判断を考慮していない点で満足していません。
 哲学者の仕事は神が人間の理性に許し給うた範囲にてあらゆる事物について探求するから、その思想は愚人の判断に従うべきでないですが、正義と真理に全く反する意見は避けるべきです。
 私が地球が動くことを肯定したならば、地球は不動で空の真中に中心であるという意見が何世紀もの間の判断している人々が、どんな不合理であると評価しようとするかで、私はその運動の証明のために著述を公にすべきであるか、あるいは反対に哲学の神秘は友人や身近な人だけしか、それも書物によってではなく、口だけでしか知らせない方がよいと長い間考えました。彼らはある人々が考えるように意見を伝えることを惜しんでそうしたのでは決していないと私は思います。
 そうではなくて非常に偉い人々によって熱心に研究された非常に美しい事柄が何か得にならないと学問に真面目な働きを捧げようとしない人々や、他の日と日度の例と勧めによって哲学の自由な研究に勧奨されても精神の愚鈍のために哲学者のなかにあることも恰も蜂蜜のなかの黄蜂のような人々によって軽視されるのを恐れたからだと思います。このように考えまして私の意見の新奇と不条理に対する恐れが私をして、とうに完成している著述を発表せずにおくところでした。
 しかし私の友人たちは私が長い間躊躇し、彼等に反抗さえしたのを思い返させました。彼等は既にその4倍もの私のしまってある研究を本に書いて公にすることを度々私に勧めたばかりでなく、私がそうしないでいる事を何度も非難しました。その他の優れた学識のある人々が同じように私に求め、数学にたずさわるすべての人々の利益のために私の研究を公にすることを、私の懸念のためにも拒絶しないようにと勧めました。
 地球が動くという私の理論は多くの人々に不条理に見えようとも、私の著述が出版されて不条理の雲が明瞭な説明によって消えて行けば、それは多くの称賛と感謝を喚び起こすであろうと彼等は申しました。長い間彼等が私に求めていた私の著述を出版することを友人たちに許すに至りましたのは、このような勧めとこのような希望によってであります。

ニクラウス・コペルニクス「天体の回転について」

2016年9月10日土曜日

無知は権門と派閥を尊敬

  住民のあいだにひとりの統治者がいます。聖職者で「太陽」と呼ばれています。この人が、精神面でも世俗面でも全住民の指導者で、あらゆる政務が採取的にはかれによって決定されます。「力」は戦争・和平・軍略をつかさどります。軍事においては最高指導者ですが、「太陽」にまさるものではありません。「武官、戦士、兵士、軍需、築城、攻城を管轄します。「太陽」は「力」とともに、こうしたあらゆる仕事をつかさどります。無知な人たちが権門の生まれだとか強大な派閥によって推されたとかいう理由だけで、かれらを統治の適任者とみなして尊敬しているのです。
 太陽市民は、極度の貧困は人間を堕落させ、卑劣・狡猾・泥棒・詐欺・浮浪・嘘つき・は偽証になり、富もまた、傲慢・うぬぼれ・無知・裏切り・冷酷・知ったかぶりなどの原因になりますが、共和制のもとではすべての人が富者にして貧者となります。あらゆるものを所有しているがゆえに富者であり、物に仕えることに執着せず、あらゆるものを所有しているがゆえに貧者なのです。
 太陽市民は名誉のためにしか争いませんが、そんなかれらのあいだで、侮辱その他の原因から何か争いが起こったとします。怒りにかられて、つい腕力で相手を侮辱してしまったりすると、統治者「太陽」とその役人により、犯罪者としてひそかに処罰されます。くちさきだけの侮辱なら、いずれ戦争の機械を待って決着をつけます。鬱憤晴らしはただ敵だけに向けるべきだというわけです。そして戦場で武勲にまさる者のほうが、名誉の問題においても理があるとみなされ、他方が負けになります。しかし正義の問題にかんしては刑罰が存在します。ただし、決闘は許されません。自分のほうが理があることを示したいなら、国の戦争においてそれを示せというのです。

トラソ・カンパネッラ「太陽の都」

2016年9月9日金曜日

後世名誉のための万民を使役

 われわれが名をこの世の中に遺したいというのでございます。この一代のわずかなの生涯を終ってそのあとは後世の人にわれわれの名を誉めたってもらいたいという考え、それはなるほどある意味からいいますると私どもにとっては持ってはならない考えであると思います。ちょうどエジプトの昔の王様が已れの名が万世に伝わるようにと思うてピラミッドを作った、すなわち世の中の人に彼は国の王であったということを知らしむるために万民の労力を使役して大きなピラミッドを作ったようなことは、実にキリスト信者としては持つべからざる考えだと思われます。
 それゆえに思想を遺すことは大事業であります。もしわれわれが事業を遺すことができぬならば、思想を遺して将来にいたってわれわれの事業をなすことができると思う。文学はわれわれがこの世に戦争をするときの道具である。今日戦争することはできないから未来において戦争しようというのが文学であります。それゆえに文学者が机の前に立ちますときには、この社会、この国を改良しよう、この世界の敵なる悪魔を平らげようとの目的をもって戦争をするのであります。事業を今日なさんとするのではない。将来未来までにわれわれの戦争を続ける考えから事業を筆と紙とにのこして、そうしてこの世を終わろうというのが文学者の持っている大志で有ります。
 それならば最大の遺産とは何であるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは勇ましい高尚なる生涯であると思います。この世はこれは決して悪魔が支配する世の中にあにずして、神が支配する世の中であることを信じることです。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信じることである。

内村 鑑三「後世への最大遺物」

2016年9月8日木曜日

全ユダヤ人は罪人

聖パウロは、ユダヤ人をすべて罪人であると論断し、律法を行う者が初めて神の前に義とせられると述べている。この場合彼は、何人も行いによって律法を行う者となると言うているのではなく、反対にユダヤ人達に向かって「汝は姦淫するなかれと教えて自ら姦淫す」と言い、又「汝の人を審くによって、汝自ら罰するなり。汝その審くところのことを自ら行へばなり」と言っているが、「汝は外的には律法の行いに於いて立派に生活し、そしてそのような生活をしない人々を審き、又何れの人をも教えようとする。汝は人の眼にある塵を見るが、已が目にある梁木に気づかない」と言おうとしているやうである。
 パウロは更に進んで、外面的には義しく見えながら秘かに罪を犯している人々へも誹謗を向ける。ユダヤ人がそれであったが、今日においてもなお、熱心もなく愛もなしに安らかに生活し、心の中では神の律法を敵視しつつしかも他の人々を審くことを好む偽善者達はすべてそれである。貪欲と増悪と高慢をあらゆる汚穢とをもって満たされるのは、すべて偽聖者の性である。正に彼等こそ、神の仁慈を軽んじ、その頑固によって神の怒りを集め積む者である。かく聖パウロは律法の正しい解明者として、何人をも罪なしには置かない。むしろ彼は、自然の性すなわち自由意志から安らかに生きようと欲する凡ての人々に対して神の怒りを告知し、ユダヤ人をして明白な罪人に何の優るところも無い者たらしめる。いや、彼はユダヤ人を頑固にして悔悛なき者であると言っている。

マルティン・ルター「キリスト者の自由」

2016年9月7日水曜日

宗教は集団により極度な危険

    諸君のうちには、宗教を単に心の疾病にすぎないように見離す者がいる。そしてかかる人々が良く懷く考えに依ると、この疾病は、個々の者が別個に襲われるだけなら、禍ではあろうが辛抱し易くもあるし、恐らくこれを制御することすらできよう。しかしこの種の不幸な患者の間にあまりにも親しい集団が成立すると、共通な危険が極度に増大し、すべてが失われてしまうと言うのである。
 前の場合には、適宜の処置、いわば炎症を抑える食養生とか新鮮な空気によって発作は弱め、例え全快はおぼつかなくともその特有の病素を無害な程度に薄めることができる。
 しかし後者の場合は、あらゆる治療の希望を放棄しなければなるまい。即ちもしも他の患者にあまりにも、接近して、禍が個々の患者の治療のもとで助長激化されれば、この禍は一層破壊的なものとなり、極めて危険な徴候を伴って来る。かくして少数の者によって全体の空気が忽ち毒され、極めて健康な身体すらこれに感染し、生命の過程が経過する通路はすべて破壊され、体液は悉く分解し、一様に熱病的精神錯乱に陥り、時代も国民も、こぞって回復困難となろう。
 かくして諸君が教会及び宗教の伝達を目的とするあらゆる施設に対して抱く嫌悪は、宗教自体に対する嫌悪よりも一層烈しく、ことに教職者は、かかる施設を支持し且つ特にこれを運営する一員として、諸君にとっては人類中最も悪むべき者である。
 だが諸君の中で宗教に関して寛容な見解を有ち、宗教は心の錯乱と言うよりもむしろその特別な現れ、危険な現象と言うよりはむしろ無意味な現象だと考える考える人々も、やはりすべての団体的制度に対しては全然同一な有害だと言う見解を抱いている。彼等の見解によると、かかる制度は必然的に、独特で自由なものを奴隷のように犠牲にし、精神無き機械、空虚な習慣と言う結果を伴う。而もこれは無に等しいか、然らざれば誰にでも等しく充分成し遂げれ得る事物から、信じられない程の結果を以って大成功を収める者がやる人為的な業績だと言うのである。そこでももし私が、諸君をこれに対する正しい見地に立てようとする努力を惜しならば、私が重大だと思うこの問題について諸君に心を披露しても、それは極めて不十分なものに過ぎないであろう。

フリードリヒ・シュライマッヘル「宗教論」


2016年9月6日火曜日

死にて神魂と穢き亡骸

 人の死にて、神魂と亡骸との二つに別れたる上にては、亡骸は穢きものの限りとなり、さては夜見国の物に属く理なれば、その骸に触れたる火に、汚れの出で来るなり。
 また神魂は、骸と分りては、なほ清潔かる謂の有りと見えて火の穢をいみじく忌み、その祭を為すにも、汚れのありては、その享を受けざるなり。
 現に見たる、事実に試し考えもたるも、浄と不浄とその差別の灼熱を、かく汚穢をかく汚穢を忌み悪む魂の、その穢の本つ国または汚穢の行き留まる処なる、夜見に帰く由の、いかで、あらためや。
 もし黄泉に帰り居る霊魂の祭するごとに招かれて、此国土に来り享くるとなれば、然おごさかに、火の汚穢は忌み悪むべからぬ理なり。
 さるは、此国土の火、たとひいささか汚れたらしむも、彼の国の火にくらべては、何ばかりの穢れも有るまじければなり。
 また、一度も、彼国の戸喫をすれば、この国土へは来たがりたき謂は、是こそは、伊佐美命の、帰り坐しがたくおもほししにて、かしかなる例もあるを、此方に招かれ来て、祭りの饗を享くることも、また、霊異なる所為のあるもいぶしく、此はもしくは、その時々に、具かに黄泉神と相論ひて、来り享くるといわむか、然はあるまじくこそ、おぼゆれ。

平田 篤胤「霊の真柱」

2016年9月5日月曜日

非国民の愛校心

  コペル君の精神的成長に託して語りかける「人生いかに行くべきかと問うとき、常にその問いが社会科学的とは何かをという問題を切り離すことなく問わなければならぬ。」というメッセージであった。
  上級生が中心となって、学校の気風をもっと引き上げてゆこうという運動が、おこりました。このままでゆけば学校が創立以来誇りとして来た気風が非常に乏しくなり、やがて亡びてしまうだろう。この連中しきりにこう唱えていました。
 「愛校心のない学生は、社会に出ては、愛国心のない国民になるにちがいない。だから、愛校心のない学生はいわば非国民の卵である。われわれは、こういう非国民の卵に制裁を加えねばならない」というのが、その人たちの主張でした。
 しかし、これら人々は自分たちの唱えていることが正しいと信じると同時に、自分たちの判断も一々正しいと思いこんでしまっていました。そして、自分たちの気に喰わない人間は、みんな校風にそむいた人間であり、間違った奴らだと、頭からきめてかかるのでした。だが、それよりも大きな誤りは、この人々が、他人の過ちを責めたり、それを制裁する資格が自分にあると、思いあがっていることです。同じ連中にそういう資格はないはずです。

吉野 源三郎「君たちはどう生きるか」

2016年9月4日日曜日

生命の問題を無視と回避

 客観的なものに生きる。その価値が全く自己自身のうちにある物体の創造のために生きる、そうなると、生命という問題が無視されてしまう。これは否定しがたいことである。
 ひたすら「わが子のために生きる」場合、生命という問題を自分で処理することを忘れて、ただ子供たちのために最善を尽くし、子供たちが立派に暮らせるようにするのと同じである。私達がある物を力の限り完全なものに作り上げると、それで、自分自身を出来るだけ完全なものに作り上げるという義務を免れたと考えることがよくある。即ち、物の問題を解くことによって、私たち自身の問題を解くのを避ける。これで、頻繁に物の問題で苦労することが不思議に帳消しになる。言ってみれば、物を手厚く扱って、私たちの主観的な生命の要求の代わりにすることによって、物の抵抗を排して進もうとする主観的生命の要求を避けるようなものである。
 本当の罪過というものは、決して贖えるものではない。それは時間的に固定した或る瞬間ち形而上学的な無地感的な生命一体との間の、何としても断ち切ることの出来ない。罪は必ず神に対する罪であるのは、自分の罪を許してくれる人を求めようとする窮余の1策である。苦痛によって補うというのは、全く外的なもの、全く比較を許さぬ2つの要素を天秤にかけようとする力学的なものり、浅薄な自己欺瞞である。

ゲオルク・ジンメル「日々の断想」

2016年9月3日土曜日

世界侵略者は軍人を略奪欲で支配

  世界侵略者(ナポレオン軍がプロイセン占領下であった1807年に刊行)は、社交的人間の心に深く根ざすか如き好意、及び戦争によって荒らされた土地の不幸を見て悲しむ人情をも、どうにかして牽制しなければならぬ。その手段は略奪欲しかない。略奪欲が軍人を支配する原動力となり、彼等が豊潤なる土地を荒廃せしむるに際しても略奪のみ考えるようになれば、この略奪は一般の不幸を惹起することによって自己を利するにほかならぬから、ここに始めて彼等の心に同情憐憫の情の起こる恐れがなくなるのである。
 従って現代の世界侵略者は、その部下を野蛮人的粗野に到るように育てあげるのみならず、また冷酷かつ組織的なる略奪欲に到るように養成せねばならぬ。即ち略奪的好意を罰せざるのみならず、反ってむしろこれを奨励しなければならぬ。また略奪を為すことに自然に伴う恥辱感をまず一掃し、略奪はかなわち高尚にして悟性に富める心の証拠と見なされ、偉大なる事業の一つに数えられ、名誉と品位を得るの道と考えられるようにしなければならぬ。
 世界侵略者のような野蛮国民は、今より後、人、土地及び財貨の略奪を速成的な到富の要決となし、ますます進んで富をつくろうとする。彼等は手当たり次第に略奪をなし、略奪される者がいかなる運命に陥るかを顧みずしてこれを捨て去る。あたかも果実を得んとしてその樹木を伐り倒すが如くである。かくの如き手段を用いる者は、誘惑、甘言、欺瞞の術を用いることができぬ。近き所より見れば、その獣性及びその破廉恥なる略奪欲は、いかに愚かなる者の眼にも明らかに映るが故に、全人類は明らさまにかかる者に対する嫌悪を示すのである。かくの如き手段を行えば、世界を略奪し、荒廃せしめ、一種の混沌境に化せしむる或いはできよう。しかしながらこれを数えて一つの世界王国たらしむことは決してできぬ。

ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」

2016年9月2日金曜日

貧しい農村の青年に甲種合格と徴兵忌避

 「甲種合格」という言葉が大戦前にあった。徴兵検査において「身長五尺(152cm)以上で身体強豪な者」と認定された者が受ける合格証である。この言葉は国家が自分を評価してくれた栄誉ととらえ、ある者は徴兵の優先者となることで、その認定を受けることを恐れた。この言葉をめぐって大戦前の若者たちは悲喜こもごもの人生を送った。
 明治時代では甲種合格者は受検者の4割を占めて、大正では3割5分、昭和では3割ほどになる。明治時代の青年たち、とくに貧しい農村の青年たちにとって甲種合格を得ることは一つのはげみだったのかもしれない。
 1872(明治5)年に徴兵令が出され、それまでは軍事は士族の仕事といった考え方が一変し、陸海の兵員が全国の適齢青年から募られることになった。日清戦争当時の徴兵令によると、日本国民の満17歳から満40歳までの男子はすべて兵役に服することが義務づけられた。17歳以上の者は志願によって現役に服することができた。一般には徴兵検査に合格すると2か年の兵役が満20歳に達した時点で課せられた。徴兵合格者は貧富や学歴に関係なく召集の対象になった。
 徴兵が免除される者は、罪人・官吏・公立学校生徒・洋行学生・代人料270円の上納者・家長・嗣子(あととり)・養子・徴兵在役中の兄弟であった。合法的に徴兵忌避をはかる者もすくなくなかった。夏目漱石は、大学の徴兵猶予が26歳までと規定されていたため、大学卒業の前年の猶予期限切れを控えた明治25年に北海道に移籍して一戸を創立している。社会運動家の片山潜は養子となって徴兵をのがれたという。

清水勲「ビゴー日本素描集」

2016年9月1日木曜日

戦争到来を歓迎する軍隊

カール 若い士官達はただもう戦争のことを考えて目を輝かせているよ。誰に向かってやるかはあまり問題にしないのだ。彼等は熱心に外交秘話が惹起した争いについて論じている。イギリスは本気で火蓋を切るに違いない。そしたらすぐヨーロッパの他の国々もきっと巻き込まれて戦意中の戦争になることは疑いなしと彼等はいうのだ。
フリートリヒ
 そりゃ戦争到来を心から歓迎しない軍隊なんで無いよ。目覚ましい働きをして認められ昇進しようというのだからね。僕はちっとも悪いとは思わんね。
カール
 でも今ほどどこもかしこも盛んに軍備をやっていて、しかも今ほど長く平和が続いているなんて珍しいじゃないか。
フリートリヒ
 それは当然さうでなければならないので、昔は戦争というものは、力が有り余っている場合にその有り余った力で行われるのだ。戦争をやる人間も、有り余ってさしあたり居なくても差し支えない人間、また戦いに必要な金といって余分に貯えてあった金か又は少なくとも大して工面しなくても調達できた金だった。ところが今はどうだ。国民はすばらしい軍備を整え、男子という男子をほとんど繰り出し、あらん限りの力を出して戦うのだ。最初の軍備の費用さへ中々捻出できない位だ。それこそ国家存亡の戦争であることを覚悟しなければならん。だから皆少々控えめに用心しているのも不思議ではない。

レオポルト・フォン・ランケ「政治問答」

2016年8月31日水曜日

邦人保護から対抗日清戦争

  朝鮮政府は、1894(明治27)年5月4日に甲午農民戦争が勃発、東学党軍は急速に勢力を伸ばし、苦境に追い込まれた。こうした中、朝鮮政府内部で農民反乱の鎮圧のために清軍の派兵を請おうとする動きが生まれた。この動きは5月下旬に朝鮮の日本公使館より日本政府に報告されていた。そして6月2日、前日の1日午後3時15分発の杉村代理公使の電報が到着、農民軍の全州占領と朝鮮政府が清兵の派遣を請うたという袁世凱の談話を伝えた。この電報を見た外相の陸奥宗光は、2日の閣議で朝鮮への出兵を提議、これについて討議されることになった。
 この閣議の決定内容は、以下の通りのものである。
 「朝鮮国乱内に起こり京城駐在公使館よりの来電に拠るに官兵頻に敗れ乱民益々脅威を窮むるの勢いの勢ありと云将来乱民京城又は其他の日本人居留地に侵入すること無きを保ち難く従て公使館及び国民を保護する為に兵員を派遣する必要あり」
 「今度の事は急速の事変に係り我か兵を以て国民を保護をするを怠るへからざるか為に清国との連合派兵するを待たず条約の明文に従い行文知照し直ちに出兵するを適当とす」午後4時40分に外相の陸奥宗光は電報を朝鮮日本公使館に閣議とは異なる打電している。
 「In case Higashigakuto revolt assume such magnitude as endanger safety of our residents or in case of attitude of China sends reinforcement, it may be become necessary for Japan also to send Japanese soldiers」
 清国を主導者として日本を被動者として、閣議決定された即時先行出兵が対抗出兵に方針転換される日清戦争開戦過程に到るに至った。

高橋 秀直「日清戦争開戦過程の研究」

2016年8月30日火曜日

戦争を起こせるのは権力者

 戦争は個人の喧嘩ではない。戦争を起こせるのは国家権力の掌握者だけなのである。一般市民にとったは、戦争を支持あるいは反対することはありえても、和戦を決する権限はなかった。戦争は、それが単数(王・皇帝・スルタン・フューラーなど専政支配者)であれ、複数(民会・元老院・議会・委員会など支配者集団)であれ、その社会の権力の掌握者によって起こされたのであって、自然現象として、または化学反応的に起こったのではない。だからユネスコ憲章前文「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」の「人の心」の前に「権力の座にある」という一句を挿入すれば、決定的に正確となる。
 社会の権力者たちは、その社会構造こそが支配者たちの方針なり目的なりを、戦争を含めて基本的に方向づける。支配者たちが意識すると否とに関わらず、また歴史資料を残したか否かにかかわらない視点である。人類が原始から現代に到るまで大きな社会構造の変革を経てきた事が認められる。戦争の目的や原因にも社会構造に対応する変化があったことは確かであろう。すなわち、戦争の原因も目的も、決して無法則のそれではなく、基本的には社会の構造と発展に対応した歴史的な構造と変化なのである。

   小沢 郁郎「世界軍事史ー人間はなぜ戦争をするのか」

2016年8月29日月曜日

青年の早急なる腹切と仇討

 切腹をもって名誉となしたることは、おのずからその濫用に対し少なからざる誘惑を与えた。全然道理にかなわざる事柄のため、もしくは全然死に値せざる理由のために、早急なる青年は富んで火に入る夏の虫のごとく死についた。混乱かつ曖昧なる動機が武士を切腹に駆りしことは、尼僧を駆りて修道院の門をくぐらしめるよりも多くあった。生命は安くあった。世間の名誉の標準をもって計るに安いものであった。最も悲しむべきことは、名誉に常に打歩が付いていた。いわば常に正金でなく、劣等の金属を混じていたのである。
 しかしながら、真の武士にとりては、死を急ぎもしくは死に媚びるは等しく卑怯であった。一人の典型的なる武士は一戦また一戦に敗れ、野より山、森より洞へと追われ、単身飢えて薄暗き木のうつろいの中にひそみ、刀欠け、矢尽きし時にも、最も高邁なるローマ人もかかる場合ピリピリにて弓が刃に伏したではないか。死をもって卑怯と考え、キリスト教の殉職者に近き忍耐をもって已を励ました。
 報復、もしくは仇討は、同様の制度もしくは習慣はすべての民族の間に行われたのであり、かつ今日でも廃れていないことは、決闘やリンチの存続によって証明される。
 仇討には人の正義感を満足せしむるものがある。仇討の推理は簡単であり幼稚である。それにもかかわらずこの中に人間生まれながらの正確なり平衡感および平等なる正義感が現れている。吾人の仇討の感覚は数理力のように正確であって、方程式の両項が満足されるまでは、何事かがいまだなされずして残っているとの感を除き得ないのである。

新渡戸 稲造「武士道」

絶対主義と教会の相互権力

 国家は罪の結果生じたものであるが、神の摂理によって救済と訓練を行う手段に転じられ、あらゆる権利権力をそなえた組織であると見られたが、これは本質的な点で中世的光のもとに立っていた。と同時に国家の現実性は絶対主義への展開過程において甘受された。この絶対主義は教会の優先権から自己を解放したばかりでなく、逆に教会の権力手段を利用して、今や官僚主義的役人国家への発展の途上にあったのであった。プロテスタンティズムは、一方で外部的教会制度のための配慮を国家にゆだね、さらに正しい外的なキリスト教的道徳秩序が堅持され純粋な教えがおこなわれるようにすることは国家の義務であるとしたが、他方では国家の政治的、社会的活動に教会的勢力が介入することの絶対にないように国家を教会勢力から解放したことによってこのような発展を一段と助長した。
 近代国家の発展はこのような事態をとおしてプロテスタンティズム的地盤では驚くべきほど促進されたばかりでなく、同時に国家もしくは当局は、社会が制度上キリスト教の立場に立っていることに対してともに責任を負うものとして、また教会を純粋に維持し純粋に維持し保護する義務を負うものとして、直接宗教的な課題をになうことになった。もちろんこの課題はただこのように文化の全体がキリスト教的文化であることを保証しただけのものである。独自のキリスト教的義務感情からキリスト教的道徳秩序を維持し純粋のキリスト教の教えの実現を配慮する国家というものが古いプロテスタンティズムのあらゆる文化にとっての不可欠な場であり支えなのである。いやしくも道徳的、教会的の事柄に関するかぎり、教団の働きが参与すべきであるということを強調し推進するのである。

エルンスト・トレルチ「ルネサンスと宗教改革」

2016年8月28日日曜日

殺人刀は天道の成敗

殺人刀

 古にいえる事あり、「兵は不祥の器なり。天道これを憎む。止むことを得ずしてこれを用いる、これ天道なり」このこと如何にとならば、弓矢・太刀・長刀、これを兵といい、これを不吉不祥の器なりといえり。その故は、天道は物本来の生命力をいかす道なるに、かえって殺す事をとるは、まことに不祥の器なり。しかれば天道にたがう所をすなわち憎むといえるなり。
 
 しかあれど、止むことを得ずして兵を用いて人を殺すを、また天道なりという。その心は如何となれば、春の風に花咲き緑そうといえども、秋の霜来て、葉おち木しぼむ。これ天道の善をなし悪を敗成るなり。物が十分に出来上がる所を、打つことは理あればなり。人も運に乗じては、悪をなすといへども、其悪の十成する時は、これをうつ。心をもって、兵を用いるも天道なりといへり。一人の悪によりて万人苦しむ事あり。しかるに、一人の悪をころして万人をいかす。これら誠に、人を殺す刀は、人をいかすつるぎなるべきにや。

 その兵を用いるに法あり。法をしらざれば、人をころすとして、人にころさるるならし。熟思う、兵法といはば、人と我と立ちあうて、刀二つにてつかう兵法は負くるも一人、勝つも一人のみなり。これはいとちいさき兵法なり。勝ち負けともに、その得失わずかなり。一人勝ちて天下から、一人負けて天下まく、これ大なる兵法なり。一人とは大将一人なり。天下とは、もろもろの軍勢なり。もろもろの軍勢は、大将の手足なり。もろもろの勢いをよくはたらかぬは、大将の手足はたらかぬなり。太刀二筋にて立ちあふれて、習にとらわれずに自由自在に刀を使うことをなし、手足よくはたらかして勝つごとくに、もろもろの勢をつかい得て、よくはかりごとをなして合戦に勝つを大将の兵法というべし。

柳生 宗矩「兵法家伝書」

2016年8月26日金曜日

東洋思想が更に平和

 東洋的な仏教的な考え方の方が、社会を更に平和にし、幸福にすると思います。政治問題にしても、今の社会が不安なのは、自国中心の考え方が各国に強いからで、この点でインドは偉いと思います。ガンジーに次いでネルーの政治思想は。極めて東洋的的で、日本へあっさり賠償放棄を宣言したのは、他の国では見られぬやり方です。
 これを考えると、米ソ共に政治家の考え方はずっと古くて幼稚ではないでしょうか。自国への執着心が強い国は、戦争が絶えないでしょう。軍縮などは、なまぬるい休止期な政治的な考えで、宗教的解決ではありません。ガンジーの無抵抗主義は、軍備された英国すら負かして、インドは平和に独立しました。もしインドが抵抗的革命をとったなら、今日の独立はずっと遅れたでしょう。
 目下フランスはアルジェリア問題で、オランダはインドネシア問題で悩んでいますが、いずれも自己本位の植民地政策をしているからで、そんな立場を、宗教的にあっさり棄て去ったなら、どんなに気が楽になるでしょう。力を盾にしている欧米の政治家の立場は、まだ古くさいのです。
 歯で歯をという形にに、まだこびりついているのです。東洋的解決で政治をたかめようとするインドに将来の希望を感じます。
 平和、平和と口ではとなえてもハンガリアを力ずくで抑えている限り、ロシアは決して信用されないでしょう。あっさり撤兵したら、世界からどんなにか敬念を払われたでしょうに。イギリスがエジプトに力で進駐したのは、その歴史に永遠の汚点を残したではありませんか。そう考えると、韓国の李承晩大統領のやり方、西洋かぶれで少なくとも登用思想を生かしていないと思います。アメリカのような自由な国民が率先として力の力の政治を法規したら、もっと世界を導いてゆけるでしょうに。中国はロシアを真似るべきでなく、もっと登用本家の精神を輝かすべきでありましょう。

柳旨 悦 「随筆集」

2016年8月25日木曜日

孝行に五段の差別

孝行に五等の差別あるは、いかなる故にてご座候や。

   人間尊卑の位に五だんあり。天子一等、諸侯一等、執政者一等、士一等、庶民一等すべて五等なり。天子は天下をしろしめす、御門の御くらいなり。諸侯は国をおさむる。大名のくらいで、執政者はてんし諸侯の下知うけて、国天下のまつりごとをする位なり。士は執政者につきそいて、政の諸役をつとむる、さぶらいのくらいなり。物作を農といい、しょくにんを工といい、あき人を商という。この農工商の三はおしなべて、庶民のくらいなり。孝徳は同一体なれども、位によって事に大小高下あるゆえに、そのくらいの分際相応の道理を後世凡夫のために、分変をときあきらめ給う。たとえば孝徳は大海のごとし。五等のくらいは器のごとし。器ににて水をくむに、大小方円のもようはかれども、水はおなじ水なるがごとし。むかし聖人の御代には、人間のくらい五等のほかはなきゆえに、五等の孝を発明し給う。

中江 藤樹「翁問答」

2016年8月23日火曜日

人殺しの罪の動機

 眼が美しいものを、金銀やその他すべてのものを見て喜び、また触角が対象との共感を喜ぶように、他の諸感覚にも特に喜ばれるような特性が形態的なものの中にある。かつまた、この世の名誉にも、支配と制服との権力にも、それ特有の魅力があり、そこからまた自由の欲求が起こるのである。しかし我々は、これらすべてのものを得るために、主よ、汝から離れ、汝の律法に反してはならない。我々がこの世で送る生活にも、その特有の魅力と、これらすべての地上の美しいものとの調和とによって、人を惹きつけるものがある。愛の絆によって結ばれた人間の友情も、多くの魂の一致の故に、愉快なのである。すなわち、これらすべてのもののために、又これらに似たもののために、罪は犯されるのである。すなわちこれらのものは最も低い善であるのに、それらを甚だしく愛好することによって、高い善と最高の善が、主よ、私の神よ、汝が、汝の真理と汝の律法が見捨てられているのである。これらの最も低い善、歓喜を与えるけれども、万物を創造し給うた私の神のようではない。義しいものは彼の中に喜び、そして彼こそ心の義しいものの歓喜なのであるから。
 犯罪について、なぜそれが行われたかを調べる時、我々が先に最も低い善と読んだ諸物の中にある物を得ようとする欲望、またはそれを失う恐怖の存在したことが明らかでない限り、我々は夏得しないのが常である。これらのものは、それらよりも高く、人を浄福にする諸善に比べると、低く、賤しくあるけれども、それでも尚美しく、立派である。
 ある人が人殺しをした。なぜ彼は人殺しをしたのであるか。その人の妻に恋慕したか、あるいはその人の地所を手に入れようとしたす、あるいは生活の資を得るために略奪しようとしたか、あるいはその人のためにこの種のものを奪われることを恐れてか、あるいは害を加えられて復讐の念に燃えていたか、その何れかである。彼は何の理由もなしに、ただ殺すことを楽しんで、人を殺したのであろうか。誰がこのようなことを信じるであろうか。歴史家は、ある無情で残忍な男について、彼はいわれなしに凶悪残忍であったと語っているが、しかしこの男にも理由らしいものが挙げられている。彼は、「怠惰のために手や心が萎縮しないように」7というのである。これは何のためであるか。その理由は何であるか。それは明らかに、そのような凶行によって、ローマの都を手中に収めた後、名誉と富を獲得し、法律の恐怖と財政の窮乏と良心の呵責による困苦を免れるためであった。それゆえ、カティリナさえ、自己の犯行を好んだのではなく、、まったく他に好むものがあって、そのために罪を犯したのである。

聖アウレリウス・アウグスティヌス「告白」

2016年8月22日月曜日

死を生に対立した存在

 無と闇とのある類似性が認められている。目が闇を見ることができないのと同様に、知性は無を思考することができない。まさにこの紛れも無い類似こそ、我々をそれらの共通な起源に導く。
 無は存在の対立物として、東洋的想像力の産物である。この東洋的想像力は、実在しないものを実在と考え、死を独立した絶滅原理として生に対立させ、光に夜を、あたかも夜がたんに光のたんなる不在にすぎないのではなく、独立した積極的なものであるかのように対立させる。
 したがって光に対立されたものとして夜が実在性をもつ程度に、あるいは持たない程度に、あるいはそれ以下に、実在一般の対立物としての無は、根拠および理性的実在性をもち、あるいはもたない。
 しかしながら、夜が実体化されるのは、ただ次のような場合にかぎられる。すなわち、人間がまだ主観的なものと客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的な性質とする場合、人間の表象の視野がまだきわめて狭い場合、人間の自分の局所的な立場を世界、宇宙そのものの立場と考える場合、そのために、自分にとって光の消失を現実の消失とみなし、闇を光源そのものである太陽の消失と考える場合、そしてまさにそのために彼が、光に敵対する特殊な存在を仮定しないと、暗くなることを説明することができず、日食の時にはそうした存在を太陽と戦う竜または蛇の姿として見る、そういう場合である。光に敵対する特殊な存在としての闇は、その根拠を知的な闇のうちにのみもっている。つまりされは空想のうちのみ存在する。


ルートヴッヒ・アレンドレアス・フォイエルバッハ「将来の哲学の根本命題」

2016年8月21日日曜日

戦争理想化から現実化の自覚

 わたしはある新聞で、人の心には名誉を欲する貴い要求があって、根こそぎぬくことは難しいから、戦争というものは耐える時がなかろう、とくわしくのべた論文を読んだ。
 この戦争賛美者は、感激とか、正当防衛とかで、戦争を多少理想化してだけ考えているが、もし彼等がアフリカの戦場の一つである原生林を旅して、重荷に堪え難くて倒れ、さびしく路上に死んだ人夫らの死体をあいだを歩いたらとしたら、また、原生林の暗黒と静寂の中で、その罪もなく霊感もない犠牲者を前にして、戦争とはそれ自身どんなものであるかを考えたとしたならば、彼等も自覚するに到るであろう。

 各国の白人は、遠い国々を発見して以来、有色人種のために何をして来たろうか。イエスの名を飾りとしたヨーロッパ人が入り込んだところでは、すでに多くの種族は死に絶え、あるものは耐えようとし、あるいは減少して行く。この一事実はそれだけでも何を意味するか! 有色人種が数世紀にわたってヨーロッパ人から受けた不正と残忍さとを誰が記録できるか? われわれがもたらした火酒といまわしい疾病とが有色人種のあいだに生んだ不幸を誰が測りえようか!
  われわれも、われわれの文化も、ひとつの大きな責任を負っている。われわれはかの地の人々に全をおこないたいとか、おこないたくないとかの自由をまったくもたない。おこなわなければならないのである。われわれが彼等に善をおこなうのては事前ではなくつぐないである。
 
 不安と肉体の苦痛とがどんなものであるかを、体験した者は、全世界でつながりをもっている。神秘なひもが彼らを結んでいる。彼らはみなたがいに、人間を征服できる恐るべきものと苦痛からのがれたいことを知っている。一度苦痛を不安を知らされた者は、人力のおよぶかぎりこれを防ぎ、自分が救われたように他人にも救いをもたらそうと助力しなければならない。

アルベルト・シュヴァイツェル「水と原始林のはざまで」

2016年8月20日土曜日

征韓論と文明開花による正義の犠牲

 私は、アメリカ合衆国のマシュー・カルブレス・ペリー提督こそ、世界の生んだ偉大な人類の友と考えます。ペリーの日記を読むと、彼が日本の沿岸を攻撃するのに、実弾にかえて賛美歌の頌栄をもってしたことがわかります。ペリーに課せられた使命は、隠者のくにの名誉を傷つけることなく、また生来のプライドを棚上げしたままで、日本を目覚めさせるという、実に微妙な仕事でありました。彼の任務はほんとうの宣教師のしごとでありました。「天」からの大きな助けによって、世界を治める方に捧げる多くの人々の祈りとともに、はじめて達成される仕事であります。世界の国を開くにあたり、キリスト信徒の提督を派遣されて国は「まことに幸いなるかな」です。
 キリスト信徒の提督が外から戸を叩いたのに応じて、内からは「敬天愛人」を奉じる勇敢で正直な将軍である西郷隆盛が答えました。二人は、生涯に一度もたがいに顔を合わせることはありませんでした。たがいに相手を称えることも聞いたことがありません。だが、二人の生涯を描こうとする私どもは、外見はまったく相違しているにもかかわらず、両者のうちに宿る魂が同じであることを認めます。知らぬ間に二人は共同の仕事に参加し、一人が始めた仕事を、残る一人が受け継いで成就したのです。このように、ただのくもった人間の目には見えなくても、思慮深い歴史家の目には見事に「世界精神」が「運命の女神」の衣装を織りなすのがわかります。

  西郷隆盛は、日本がヨーロッパの「列強」に対抗するためには、所有する領土を相当に拡張し、国民の精神をたかめるに足る侵略策が必要とみたのです。西郷には日本国が東アジアの指導者であるという一大使命感が、ともかくあったと思います。
 征韓論ほ抑えたことにより政府の侵略策は全て消え、日本国はいわゆる文明開化一色となりました。それとともに、真の侍の嘆く状況、すなわち、手のつけられない柔軟、優柔不断、明らかな正義をも犠牲にして恥じない平和への執着、などがもたされました。

 内村 鑑三 「代表的日本人」一西郷隆盛

2016年8月19日金曜日

平時は保護し戦時は徴兵する兵制

兵 制
 しかりといえども各地について徴兵の情を察するに、父母に別れ家郷を離れ、遠く戦地に苦役せらるるを悲しみ、規避百端、ついに泣訣し伍に入る者すくなからず。已に戦地にあっては、将校の節制を受け、奮前決闘をよく死を致すといえども、死報家にいたれば、親戚哀痛限りなく、老者あるいはこれが為に命永を縮むるに至る。新たに徴兵せらるる者は、これを視て規避をなすまた前日の比にあらず。かつ曰く、租已に軽からず、また戦いに没せられる。曰く、死傷すれば一家飢餓を免れずと。彼の少壮戦地にあって決死するの状は已に長上の視る所にして、父老の郷里にありて哀痛するの情は、未だ長上の知らざる所なり。
 その地出るの子、戦死して髪の毛家に到る、老父悲嘆ついに病に臥して立たずと。西賊の猛威なるに当てや、常兵の乏しからんを慮り、輩下の巡査を派遣し、また新たに召募し、その足らざるを補う。それ巡査は不慮をいさめ遺誡をただすをもって職とし、軍属の人あらず。故にその発遣の日、これを辞せんと欲して能わず、ゆうゆう途に上る者あり。軍給の平日より多きを利し、自ら出で切求する者あり。しかれども元と迫撃を好み拿捕を能くするの性質を有し、志願を以ってこの勤に服するを以て、賊を切り塁を抜き、毎々寡黙を奉するに至れり。即ち兵制や、平時は人民を保護し、事あれば近衛六類の羽翼となる。軍国に益する、あに少々ならんや。

木下 真弘「維新旧幕府比較論」(社会)

2016年8月18日木曜日

戦争は政府の道具と賭博

 政府は、戦争を道具として使役する。そこで政治は本性から必然的に生じる一切の峻厳な帰結を回避し、また遠い将来にに可能となるような成果などには眼もくれずに、ひたすら手近かにある確からしい成果だけに心を配るのである。そのために事態全体が甚だしく不果実なものとなり、戦争は一種の賭博となる。そこで各国の内閣に操られる政治は、この博打における練達な技量と洞察力とにかけては我こそ敵に勝る天晴れな者よと、自負して、互に功技を競い合うまである。
 このようにして政治は、戦争の本領、即ち何ものをも征服せねば止まぬ激烈な性質を骨抜きにして、戦争を単なる道具に化すのである。本来の戦争は、いわばもろ手で柄を握り懇親の力をこめて振り上げ、一度打ちこめば二度とやり直しのきかない太刀のようなものである。ところが政治の手にかかると、この太刀も華奢な細身の剣となり、それどころか時には試合力ともなり、政治はこれをもって突き、ファント、パラド等の技を自在にこなすのである。

カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」