戦争により、横たわり、苦しんでいるアジア市民を静かに見守る事しかできない。 戦争を目前にして、アジア市民の地域と家族における存在の尊厳が失われている。 生活が戦争で割かれ分離しても、家族や地域の絆を保つのは僅かな存在にすぎないアジア市民である。戦争の持つ悲惨な歴史を共感できない事にもよる。 世界大戦の戦争から原爆による終止符の犠牲からアジア市民は多くの辛酸を受けた。 戦争と貴重な経験によるアジア平和市民が読み継いだ「アジア思い出の戦争」を授けたい。 戦争の荒波を渡ろうとしているアジア市民代弁者としてアジア思い出の戦争をまとめる。 ささやかな戦争のメッセージである思い出の戦争をアジア平和市民に送りために。asian.nowar@gmail.com [NSFW: Not Safe For Work]
2017年3月1日水曜日
2016年12月19日月曜日
純蒙古人は無分別と頭がないと往々非難する
しかし、私はなおまた日本において見る種類の人間を、特にここで見る三種の中の一つー即ち低い扁平な鼻を有った純蒙古人種なる、それ自身においては決して美しいとは言われない、しかも私にはきわめて同情のできる、聡明な、快活な、人懐っこい、温情のある、そして同時に抜け目のない人間を見ることのできないのが物足りないであろう。これらの人々を私は常に自分の側に置いておきたいと思う。家人または同居人としては、私は彼等よりもさらによき、さらに物静かな、さらに要求するところ少きかついずれの点においても気の置けない人間を知らない。
日本人が往々外人やまたは彼ら同士を満著したり、欺いたりするようなことがあってもーそれも大抵些細な事であるー、それくらいの事は言うに足りないではないか! その遣り方もきわめてナイーヴである、そして日本人はその欺瞞的行為を隠蔽したりもしくは弁解せんと努めるようなことは少い、それであるから日本人に対して真面目に腹を立てるなどということは実際できないのである。ーそれから病人の世話をしたり看病したりするには、日本人は、その親しみのある性質と、その辛抱強いことと、その優しいかつ器用な手先の故に、まさに理想的に完全なる資格を具えている。
日本人は忘恩だ不信だと言って往々非難する者がある。私が私の日本においては経験しなかったところである。私はむしろその反対を経験した。更にまた私に対して感謝の心を失わずかつ忠実であるのみならずー私は日本人が義務に忠実なることを発見した。日本人にしても忘恩や、不信や、更に進んでは意地悪の観を呈する、もしくはそう解釈されうるような行為があるとしても、それは、精察すれば、日本人が物の感じ方、ならびに感じの表し方において我らとは多くの点において異なっているということ、日本人が西洋の習慣を知らざること、もしくは無分別と無思慮すなわち頭のないにほかならないからである。
ラファエル・フォン・ケーベル「ケーベル博士随筆集」
2016年12月17日土曜日
邪悪に委ねた高位や勢力は害悪を及ぼす
さて高位や勢力に関しては、私は何を語るべきであらうか。まことの高位やまことの勢力を知らないお前たちは、これらを天に比しても尊んでいる。しかしこれらが、最も邪悪な人々に委ねられたとしたなら、如何なるエトナの噴火が、又如何なる洪水が、そのように大きい害悪を与え得よう。お前も思い出すことであろうが、たしかにお前たちの祖先は、自由の起源であった執政政治を、執政官たちの傲慢の故に廃止しようと望んだ。又その以前に於いて、同様の傲慢の故に、彼等は王の称号を国から追い払った。だが高位や勢力が正善な人々に委ねられる(それは極めてまれにしかないことだが)としたなら、その際立派なのは、その高位や勢力の保持者の正善以外の何物であらうか。すなわち、徳が位のために尊ばれるのではなく、逆に、位が徳のために尊ばれるのである。
一体、お前たちが望んでいるその輝く勢力とは如何なるものであろうか。おお、地上の生物よ、お前たちは誰が誰に対して支配することになるかを考えないであろうか。もし数匹のハツカネズミの中にあって、或る一匹が他に対し権利と勢力とを潜するのを見たとしたら、お前はどうな哄笑に誘われることであろう?
ところで、肉体を顧みる限り、お前は人間より弱い何物も発見し得まい。小さいハツカネズミに噛まれても、また毛虫や蛇が体内に入り込んでも、しばしば死ぬのだから。だが、或人が他の人に対して或る勢力を振る場合、どうしてその肉体と肉体に従属するものー換言すればその人の外的所有物ーとに対して以外に之を及ぼすことが出来ようか。お前は、自由な精神に向かって何事かを命じ得るであろうか。お前は、確固たる理性に従って自己統制のとれている精神をその本来の平和状態から掻き出すことが出来るであろうか。かつて或る暴君が、或る自由人に対し、拷問をかけることに依って、自分へ企てられた陰謀への関与者を白状するように強制しているつもりでいたところが、その自由人は舌を噛み切って、猛れる暴君の顔へそれを吐きかけた。こうして、暴君がその残酷さを示すようすがと考えていたところの拷問を、賢人は却ってその徳を顕す機会となしたのであった。
一体、お前たちが望んでいるその輝く勢力とは如何なるものであろうか。おお、地上の生物よ、お前たちは誰が誰に対して支配することになるかを考えないであろうか。もし数匹のハツカネズミの中にあって、或る一匹が他に対し権利と勢力とを潜するのを見たとしたら、お前はどうな哄笑に誘われることであろう?
ところで、肉体を顧みる限り、お前は人間より弱い何物も発見し得まい。小さいハツカネズミに噛まれても、また毛虫や蛇が体内に入り込んでも、しばしば死ぬのだから。だが、或人が他の人に対して或る勢力を振る場合、どうしてその肉体と肉体に従属するものー換言すればその人の外的所有物ーとに対して以外に之を及ぼすことが出来ようか。お前は、自由な精神に向かって何事かを命じ得るであろうか。お前は、確固たる理性に従って自己統制のとれている精神をその本来の平和状態から掻き出すことが出来るであろうか。かつて或る暴君が、或る自由人に対し、拷問をかけることに依って、自分へ企てられた陰謀への関与者を白状するように強制しているつもりでいたところが、その自由人は舌を噛み切って、猛れる暴君の顔へそれを吐きかけた。こうして、暴君がその残酷さを示すようすがと考えていたところの拷問を、賢人は却ってその徳を顕す機会となしたのであった。
アニキウス・マンリウス・セヴェリヌス・ボエティウス「哲学の慰め」
2016年12月15日木曜日
戦争・恐怖・麻痺・奴隷状態は信念を消し去る
人間の風刺喜劇、戦争、恐怖、麻痺状態、奴隷状態ーこういうものが君の神聖な信念を日に日に消し去ってしまうであろう。これらの信念は、自然の探求者として君が抱懐し、受け入れたものだ。だから君はつぎのようにしなくてはならない。すなわちなにを見るにもおこなうにも、目の前の務めを果たしながら同時に思索の能力を働かせるように心かげけ、各々の事柄に関する知識からくる自身を人知れず、しかしわざわざ保ち続けることだ。
いったいいつ君は単純であることを楽しむようになるのであろうか。いつ品位を持つことを?また個々の物に関する知識、たとえば本質においてそれがなんであるか、宇宙の中でどんな場所を占めるのか、どのくらい間存続すべく創られてするか、それを構成するものはなにか。誰に属しうるものであるか、それを与えたり奪ったりすることのできる人々は誰か、等の知識を楽しみとするようになるのはいつだろうか。
隣の枝からきりはなされた枝は、樹全体からもきりはなされずにはいられない。それと同様に、一人の人間から離反した人間は、社会全体から落伍したのである。ところが枝は他の者がこれをきりはなすのであるが、人間のほうは。隣人を憎み嫌うことによって自分で自分をその隣人からひきはなすのだ。しかも彼はそうすると同時に共同社会の全体からも自分を削除したことを知らないのである。ただしここで注意すべきことはこの共同体の創設者であるゼウスの神が与え給うた賜であって、そのお陰で我々は再び隣の枝に結合して全体として完全なものに復することが許されているのである。しかしこういう離反がたびかさなると、はなれた部分がふたたび結合して元どおりになるのは難しくなる。一般にいうと、最初から樹とともに呼吸し続けた枝は、ひとたびきりはなされ、後にふたたび接木された枝とは違う。これは庭造りたちのいうところである。だから同じ幹の上で成長せよ。ただし意見は同じうしなくともよい。
いったいいつ君は単純であることを楽しむようになるのであろうか。いつ品位を持つことを?また個々の物に関する知識、たとえば本質においてそれがなんであるか、宇宙の中でどんな場所を占めるのか、どのくらい間存続すべく創られてするか、それを構成するものはなにか。誰に属しうるものであるか、それを与えたり奪ったりすることのできる人々は誰か、等の知識を楽しみとするようになるのはいつだろうか。
隣の枝からきりはなされた枝は、樹全体からもきりはなされずにはいられない。それと同様に、一人の人間から離反した人間は、社会全体から落伍したのである。ところが枝は他の者がこれをきりはなすのであるが、人間のほうは。隣人を憎み嫌うことによって自分で自分をその隣人からひきはなすのだ。しかも彼はそうすると同時に共同社会の全体からも自分を削除したことを知らないのである。ただしここで注意すべきことはこの共同体の創設者であるゼウスの神が与え給うた賜であって、そのお陰で我々は再び隣の枝に結合して全体として完全なものに復することが許されているのである。しかしこういう離反がたびかさなると、はなれた部分がふたたび結合して元どおりになるのは難しくなる。一般にいうと、最初から樹とともに呼吸し続けた枝は、ひとたびきりはなされ、後にふたたび接木された枝とは違う。これは庭造りたちのいうところである。だから同じ幹の上で成長せよ。ただし意見は同じうしなくともよい。
マルクス・アウレーリウス「自省録」
2016年12月12日月曜日
帝国主義は愛国心を経となし
我国民を膨張せしめよ、我版図を拡張せよ、大帝国を建設せよ、我国威を発揚せよ、我国旗をして光栄あらしめよ。これいわゆる帝国主義の喚声なり。彼らが自家の国家を愛するや深し。
英国は南阿を伐つてり、米国は比律賓を射てり、独逸は膠州を取れり、露國は満州を奪えり、仏国はファショダを征せり、伊太利はアビシニアに戦えり。これ近時の帝国主義を行うゆえんの較著なる現象なり。帝国主義の向かうところ、軍備、もしくば軍備を後援とせる外交のこれに伴わざるなし。
然りその発展の跡に見よ、帝国主義はいわゆる帝国心を経となし、いわゆる軍国主義を緯となして、もって織り成せるにあらずや。少なくとも愛国心と軍国主義は、列國現時の帝国主義は、列国現時の帝国主義が通有の条件たるにあらずや。故に我はいわんとす、帝国主義の是非とりがいを断然と要せば、先ずいわゆる愛国心といわゆる軍国主義に向かって、一番の缺格なかるべからずと。
しからば即ち、今のいわゆる愛国心、もしくば愛国主義とは何者ぞ、いわゆるパトリオチズムとは何者ぞ。吾人は何故に我国家、としくば国土を愛するや、愛せざるべからざるや。
英国は南阿を伐つてり、米国は比律賓を射てり、独逸は膠州を取れり、露國は満州を奪えり、仏国はファショダを征せり、伊太利はアビシニアに戦えり。これ近時の帝国主義を行うゆえんの較著なる現象なり。帝国主義の向かうところ、軍備、もしくば軍備を後援とせる外交のこれに伴わざるなし。
然りその発展の跡に見よ、帝国主義はいわゆる帝国心を経となし、いわゆる軍国主義を緯となして、もって織り成せるにあらずや。少なくとも愛国心と軍国主義は、列國現時の帝国主義は、列国現時の帝国主義が通有の条件たるにあらずや。故に我はいわんとす、帝国主義の是非とりがいを断然と要せば、先ずいわゆる愛国心といわゆる軍国主義に向かって、一番の缺格なかるべからずと。
しからば即ち、今のいわゆる愛国心、もしくば愛国主義とは何者ぞ、いわゆるパトリオチズムとは何者ぞ。吾人は何故に我国家、としくば国土を愛するや、愛せざるべからざるや。
幸徳 秋水「帝国主義」
2016年12月10日土曜日
大衆は戦争の英雄を拍手喝采する
だれもが欲しがる宝石がはるか沖合のたいへん薄っぺらな氷の上にあり、生命の危険という番人が「もうすこし騎士の近くなら氷は底まで凍っていてまったく安全なのだが、こんな沖合までやってくるのは命がけの冒険だぞ」と監視の目を光らせながら宝石の見張りをしているとしてみよう。
その場合、これが情熱的な時代であれば、そんな沖合まであえて出かけて行く勇気は大衆の喝采を博することだろう。大衆はその勇者の身になって、またその勇者を哀惜することだろう。そころが情熱のない反省的な時代にあっては、事情はまったく違ってこよう。「あんな沖の方まで危険を冒して出ていくなんて、骨折り損というものさ。だいいち、愚かで滑稽だよ」とみんなが異口同音に言い、分別顔をしてお互いの賢明さをお互いに称賛し合うことだろう。こうして人々は感激ゆえの冒険を芸の展示に変えてしまうだろうー「所詮、なにかしないわけにはゆかないのだから」とにかくなにかをしようというわけで。そこで人々はその場へ出かけて行くだろう、安全な場所で、玄人ぶった顔つきをして、熟練したスケーターたちの大多数がぎりぎりのところまで滑走して行って、それからターンして引き返す巧みな演技を鑑賞することだろう。スケーターたちのなかには、名人といわれるような者も一人や二人は居合わすことだろう。そういう名人ならばもういよいよぎりぎりというところまで行って、観衆の目を眩ますような危機一髪の滑走の離れ業をやってのけ、観衆をして思わず、「たいへんだ、気でも狂ったのか、死んでしまうぞ」と呼ばせることだってできるだろう。
しかしなんと、彼は実に抜群の名手なので、いよいよぎりぎりという線で、つまり氷がまだいたって安全で生命の危険がまだ始まらないところで、あざやかにターンすることができるというわけだ。まるで芝居でも見ているのと同じように、大衆はブラボーを叫び、拍手喝采し、この偉大な演技の英雄を中央にかこみ、ぞろぞろと行列をつくって家に帰ることだろう。
その場合、これが情熱的な時代であれば、そんな沖合まであえて出かけて行く勇気は大衆の喝采を博することだろう。大衆はその勇者の身になって、またその勇者を哀惜することだろう。そころが情熱のない反省的な時代にあっては、事情はまったく違ってこよう。「あんな沖の方まで危険を冒して出ていくなんて、骨折り損というものさ。だいいち、愚かで滑稽だよ」とみんなが異口同音に言い、分別顔をしてお互いの賢明さをお互いに称賛し合うことだろう。こうして人々は感激ゆえの冒険を芸の展示に変えてしまうだろうー「所詮、なにかしないわけにはゆかないのだから」とにかくなにかをしようというわけで。そこで人々はその場へ出かけて行くだろう、安全な場所で、玄人ぶった顔つきをして、熟練したスケーターたちの大多数がぎりぎりのところまで滑走して行って、それからターンして引き返す巧みな演技を鑑賞することだろう。スケーターたちのなかには、名人といわれるような者も一人や二人は居合わすことだろう。そういう名人ならばもういよいよぎりぎりというところまで行って、観衆の目を眩ますような危機一髪の滑走の離れ業をやってのけ、観衆をして思わず、「たいへんだ、気でも狂ったのか、死んでしまうぞ」と呼ばせることだってできるだろう。
しかしなんと、彼は実に抜群の名手なので、いよいよぎりぎりという線で、つまり氷がまだいたって安全で生命の危険がまだ始まらないところで、あざやかにターンすることができるというわけだ。まるで芝居でも見ているのと同じように、大衆はブラボーを叫び、拍手喝采し、この偉大な演技の英雄を中央にかこみ、ぞろぞろと行列をつくって家に帰ることだろう。
セーレン・キルケゴール「現代の批判」
2016年12月8日木曜日
永遠の戦争は市場の優先権を争う
古への封建君主は、農夫が其収穫の四分の一を領主に納むるに非ざれば、一塊の土を掘返すのも厳禁した。吾人は之を見て恥辱と呼ぶではないか。然り吾人は実に此時代を以て未開の時代と呼で居る。而も見よ、其形式は変じても、実際の関係は以前今日に存続した。労働者は自由契約の名の下に、猶ほ封建的義務を承諾せねばならぬ。彼はいずれかの方角に向かっても決して優等の境遇を発見することは出来ぬ。万物尽く私有財産となった、彼は承諾せねばならぬ、否ずんば餓死せねばならない。
事情如此くなるの結果、現時の生産は総て不良の方向に赴くこととなる。企業はあたかも社会全体の必要てふことを考えぬ。其の目的は唯だ投機師の利益を増すてふことのみである。而して来る者は即ち市場の不断の変動、工業の時々の恐慌、其度毎に幾万人の労働者は路頭に迷う。
労働者は其賃金では、彼等自身が生産した富を買うことができぬ。工業は即ち外国の市場を求めて他国民の富裕階級中に販路を得ねばならぬ。東洋において、アフリカに於いて、エジプト、東京若しくはコンゴー、到る処に欧州人は斯くして農奴制の発生を助長することとなる。而して彼は其を断行する。而も彼はまた到る処に同様の競争者のあることを発見する。いずれの国民も皆な同一の経路に展開する。而して戦争、永遠の戦争は、市場の優先権を争うが為に破裂する。嗚呼、東洋諸国を有せんが為の戦争、海上帝国を建設するの戦争、輸入品に課税し及び隣邦に条件を指令するの戦争、反逆せる『黒人』に対する戦争! 世界に大砲の響き絶ゆる間はなかった。幾多の種族は尽く屠戮せられて跡を絶った。欧州諸国は軍備の為に予算の三分の一を費やしている。而して吾人は知る、是等の租税が如何に重大なる負担を労働者の頭上に落下し来るかを。
事情如此くなるの結果、現時の生産は総て不良の方向に赴くこととなる。企業はあたかも社会全体の必要てふことを考えぬ。其の目的は唯だ投機師の利益を増すてふことのみである。而して来る者は即ち市場の不断の変動、工業の時々の恐慌、其度毎に幾万人の労働者は路頭に迷う。
労働者は其賃金では、彼等自身が生産した富を買うことができぬ。工業は即ち外国の市場を求めて他国民の富裕階級中に販路を得ねばならぬ。東洋において、アフリカに於いて、エジプト、東京若しくはコンゴー、到る処に欧州人は斯くして農奴制の発生を助長することとなる。而して彼は其を断行する。而も彼はまた到る処に同様の競争者のあることを発見する。いずれの国民も皆な同一の経路に展開する。而して戦争、永遠の戦争は、市場の優先権を争うが為に破裂する。嗚呼、東洋諸国を有せんが為の戦争、海上帝国を建設するの戦争、輸入品に課税し及び隣邦に条件を指令するの戦争、反逆せる『黒人』に対する戦争! 世界に大砲の響き絶ゆる間はなかった。幾多の種族は尽く屠戮せられて跡を絶った。欧州諸国は軍備の為に予算の三分の一を費やしている。而して吾人は知る、是等の租税が如何に重大なる負担を労働者の頭上に落下し来るかを。
ピョートル・クロポトキン「麺麭の略奪」
2016年12月6日火曜日
戦争は種族の異同ではなく政治である
ことに従前白人が抱いていた有色人種のごときは、我々は自ら学ぶことによって、これにかぶれるのを予防することが大切である。黄色という類の人種差別などは、考えれば考えるほど怪しいものだ。彼らの謂うところの蒙古人とはぜんたい何であるか、韃靼はヨーロッパに入って今の露国人の要部をなし、ラップやフィンも早くからその一隅に住んでいた。ハンガリア人はアリアン種の真中に国を作り、血は半ば化して言語と思想には古い伝統を保っている。その他東方から遠く移って、末は混同したものの痕跡は、今でも尋ねたら次第に分かってくる。これと対立してペルシアにもインドにも、もと白人と同種と称する人民が多数にいて、これまた甚だしく差別されているのである。
血は到るところ混同し、宗教もまた大いに入り交ろうとしている。要するに種族の抵触は政治であって、種の異同に基づくものではなかったのである。翻って白人彼ら自身の国を見ても、大陸の種族は横にほぼ三段に分れ、国は河流山脈などに由って、かえって縦に分解せられていた。
即ち人種は共通なるにもかかわらず、ドイツ・フランスなどと政治的に対立すると、殺し合わなければ承知しなかったのである。結局はいかに顕著なる人としての共通点があろうとも、依然として以前の民族は相闘争していたということを見だすのほかないのである。
この悲惨な状態は、不幸にして現在まで続いた。我々が白人の跋扈と名付けたのも、じつはたんに白人の国の中にばかり、跋扈しうる力のある国があったということを意味づけるだけである。前には班葡蘭英仏、後には白独米などと、要するに一時覇をとなえた一または二の国民のみが、その威力を各方面に振ったまでで、抵抗力のことに弱い擁護者の一人もなかった遠洋島上の土人らほどひどい目に遭っていないが、近隣の国民たちもむしろ大か小か被害者の側に立っているくらいである。たとえば東ヨーロッパのあわれな住民などは、我々の目から見ればひとしく白人だが、有色人をいじめ殺した責任は、他の大国民と分担するわけに行かぬのみか、彼ら自身もまた被害者の中である。
血は到るところ混同し、宗教もまた大いに入り交ろうとしている。要するに種族の抵触は政治であって、種の異同に基づくものではなかったのである。翻って白人彼ら自身の国を見ても、大陸の種族は横にほぼ三段に分れ、国は河流山脈などに由って、かえって縦に分解せられていた。
即ち人種は共通なるにもかかわらず、ドイツ・フランスなどと政治的に対立すると、殺し合わなければ承知しなかったのである。結局はいかに顕著なる人としての共通点があろうとも、依然として以前の民族は相闘争していたということを見だすのほかないのである。
この悲惨な状態は、不幸にして現在まで続いた。我々が白人の跋扈と名付けたのも、じつはたんに白人の国の中にばかり、跋扈しうる力のある国があったということを意味づけるだけである。前には班葡蘭英仏、後には白独米などと、要するに一時覇をとなえた一または二の国民のみが、その威力を各方面に振ったまでで、抵抗力のことに弱い擁護者の一人もなかった遠洋島上の土人らほどひどい目に遭っていないが、近隣の国民たちもむしろ大か小か被害者の側に立っているくらいである。たとえば東ヨーロッパのあわれな住民などは、我々の目から見ればひとしく白人だが、有色人をいじめ殺した責任は、他の大国民と分担するわけに行かぬのみか、彼ら自身もまた被害者の中である。
柳田 国男「青年と学問」
2016年12月3日土曜日
論理的な認識から生存競争の自然淘汰
賢明にして最も多く論理的に思索する人間は、生存競争においてその競争者に優越する。かかる特質はかくして自然淘汰の一つの基礎となり、それが可能となるかぎり強さをもって種全体の上に拡がるに至るまで、それは高まってゆく。したがって、認識の有用性こそはその支配の基礎である、というのである。仮にこうした考えが正しいとしても、これはここに試みられた考察を代理するものではない。このことは次の二つの点から言われることである。
けだし、まず第一に、この説は正しい思惟に基づいた行為の有用性を既成の事実として語っているが、われわれはここでは、真と名づけられた認識と高められた生の可能性とのあいだに存在するであろうつながりを、今ようやく探究しようとしているところなのである。この説は、認識の真実性ということを、認識そのものの有用性から原理的に切り離して、認識の一つの独立的な性質として前提しているのであるから、このもっぱら主観的的のみ規定された認識が、いったいどうしてわれわれの現実の存在に有利な行動を基礎づけることができるかという困難は、以前この説にまといついているわけである。したがって、元来認識はまず真でしかるのち有用なのではなく、まず有用でしかるのち真と名づけられるのである。
第二に、ぜんぜん実践を顧慮せずに純粋に理論的な認識をかち得ることがまず原理的に可能であり、かくしてはじめからかかる認識の獲得が実践の問題となるものと仮定すれば、おそらくまさにそれゆえこそ、あの客観的世界像に基いていかなる行動をなすべきかについては、さらに特別の経験を必要とするであろう。
理論的に正しいことをあらわすもろもろの行動のあいだに、主観的な行為神経興発がそれに基いて多かれ少なかれ有利に起こり得るような見地から、新たな淘汰が行わなければならない。なぜなら、たとい世界の全体像が、絶対的な経験的な正しさにおいて私の前に拡げられているとしても、私が意志者であるかぎりは、これによって私自身の態度がはじめから決定されることは断じてない。
けだし、まず第一に、この説は正しい思惟に基づいた行為の有用性を既成の事実として語っているが、われわれはここでは、真と名づけられた認識と高められた生の可能性とのあいだに存在するであろうつながりを、今ようやく探究しようとしているところなのである。この説は、認識の真実性ということを、認識そのものの有用性から原理的に切り離して、認識の一つの独立的な性質として前提しているのであるから、このもっぱら主観的的のみ規定された認識が、いったいどうしてわれわれの現実の存在に有利な行動を基礎づけることができるかという困難は、以前この説にまといついているわけである。したがって、元来認識はまず真でしかるのち有用なのではなく、まず有用でしかるのち真と名づけられるのである。
第二に、ぜんぜん実践を顧慮せずに純粋に理論的な認識をかち得ることがまず原理的に可能であり、かくしてはじめからかかる認識の獲得が実践の問題となるものと仮定すれば、おそらくまさにそれゆえこそ、あの客観的世界像に基いていかなる行動をなすべきかについては、さらに特別の経験を必要とするであろう。
理論的に正しいことをあらわすもろもろの行動のあいだに、主観的な行為神経興発がそれに基いて多かれ少なかれ有利に起こり得るような見地から、新たな淘汰が行わなければならない。なぜなら、たとい世界の全体像が、絶対的な経験的な正しさにおいて私の前に拡げられているとしても、私が意志者であるかぎりは、これによって私自身の態度がはじめから決定されることは断じてない。
ゲオルク・ジンメル「芸術哲学」淘汰説と認識論との関係について
2016年12月1日木曜日
召使いと奴隷は戦争になると軍に編入
マスリウスが言うには、「クテシクレスの『時事録』によると、前310年頃にデオメトリス(前4-3世紀)がアッティカの人口調査をして、その結果アテナイの人口は2万1000、居留外国人は1万、奴隷は40万だとわかった。クセノポンが『租税論』で述べているように、ニケラトスの子ニキアスは1,000人の奴隷を所有していて、これを鉱山の鉱夫としてトラキアのソシアスに、1人1日オボロスの割で貸した。アリストテレスは『アルギナ人の国制』の中で、アルギナにも47万人の奴隷がいたと言っている。アガルタルキデス(前2世紀)は『エウロパ』の第38巻で、ダルダネイス人は、ある人は1,000人、・・・、ある人はそれ以上の奴隷をかかえていたと言っている。これらの奴隷は、平和時には農業に従事し、戦争になるとそれぞれの主人を隊長として軍に編入された。」
ローマ人の役人であるラレンシスが言った、「ローマ人もそりゃたいへんな数の奴隷をかかえている。いままったく、ギリシアのお大尽のニキアスじゃないが、一万とか二万とか、あるいはもっとかかえているものがいる。ただ、大方のローマ人は、外出する時いっしょに連れていくんだ。アテナイの方をもって数える奴隷というのは、囚われの身で鉱山で働くわけだろう。さっきから何べんも引き合いに出されている哲学者のポセイドニオスだが、彼によると、アテナイの奴隷たちは反乱を起こし、現場監督を殺し、スニオン岬のアクロポリスを占領し、長い間アッティカを略奪した。これはまさに、シシリー島で第二の奴隷の反乱が起こった時だ。シシリーでは反乱が何度も起きて、百万以上の奴隷が死んでいる。この島のカレ岬出身の弁論家カキリウス(前1世紀)は奴隷戦争を扱った著作を公にした。また剣闘士のスパルタはミトリダス戦争の頃、イタリア人の都市カプアから逃亡して、非常に多くの奴隷たちに反乱を起こさせ(彼自身トラキア出身の奴隷だった)、全イタリアを長期間その渦に巻き込んだ。そして彼のもとへは毎日奴隷が川の流れのように集まってきた。もし彼がリキニウス・クラッススとの戦闘で討ち死にしなかったなら、シシリーのエウヌスの場合のように、わが同胞は大汗をかいたことだろう。
ローマ人の役人であるラレンシスが言った、「ローマ人もそりゃたいへんな数の奴隷をかかえている。いままったく、ギリシアのお大尽のニキアスじゃないが、一万とか二万とか、あるいはもっとかかえているものがいる。ただ、大方のローマ人は、外出する時いっしょに連れていくんだ。アテナイの方をもって数える奴隷というのは、囚われの身で鉱山で働くわけだろう。さっきから何べんも引き合いに出されている哲学者のポセイドニオスだが、彼によると、アテナイの奴隷たちは反乱を起こし、現場監督を殺し、スニオン岬のアクロポリスを占領し、長い間アッティカを略奪した。これはまさに、シシリー島で第二の奴隷の反乱が起こった時だ。シシリーでは反乱が何度も起きて、百万以上の奴隷が死んでいる。この島のカレ岬出身の弁論家カキリウス(前1世紀)は奴隷戦争を扱った著作を公にした。また剣闘士のスパルタはミトリダス戦争の頃、イタリア人の都市カプアから逃亡して、非常に多くの奴隷たちに反乱を起こさせ(彼自身トラキア出身の奴隷だった)、全イタリアを長期間その渦に巻き込んだ。そして彼のもとへは毎日奴隷が川の流れのように集まってきた。もし彼がリキニウス・クラッススとの戦闘で討ち死にしなかったなら、シシリーのエウヌスの場合のように、わが同胞は大汗をかいたことだろう。
アテナイオス「食卓の賢人たち」
2016年11月29日火曜日
悪の表出は必要を満たす手段の不足
実際問題の例にかえろう。どういう方法で人間が全となり、世の中で悪人がごく僅かになり、アクをなす場合が非常に少なくなり、其の結果、アクの性質があらわれるもっとも多い原因は必要を満たす手段の不足である。人間は自分に必要なものなしでいたくないために、他から何ものかを奪わねばならない時、犯罪やその他の悪行が法外にふえる。人びとは一片のパンのために互いに辱しめ、あざむく。心理学はさらに人間の欲求はその強さによって多種多様の段階に分かれることをつけ加える。あらゆる人間のオルガニズムにもっとも切迫した必要は呼吸しなければならないことになる。ところがこれを満たすに必要な対策は、殆どすべての場合人間にとって十分にあるので、空気にたいする必要からは殆ど何処でも悪行はおこらない。しかし、この対策が万人に十分でないという例外の場合には、おなじように争いと侮辱とがおこる。
たとえば大勢の人間がただひとつしかない窓のない部屋に閉じ込められると、この窓のそばの場所をとろうとして、殆どつねに争いと掴み合いがおこる、殺人さえおこりかねない。呼吸の次の切迫した必要は食べるととのむことである。この要求を十分に満たすための対策は、しばしば、多くの人間にとって不足している。この不足が大多数の悪行の根源であり、悪行の恒常的原因となっている殆どすべての事情や制度の根源である。この悪の原因の一つをのぞくことができれば、人間の社会から少なくとも悪の十分の九は消えてしまうだろう。犯罪の数は十分の一に減るだろう。粗野な習慣や考え方は一時代の経過のうちに人間的な習慣や考えかたでとってかわられるだろう。蛮風と無知とにもとづく拘束的な制度の支柱は取り去られるだろう。そして殆どすべてのの拘束が速やかになくなってしまうだろう。理論のそのような指示を実行するのには技術が不完全だから不可能だと以前では言われたものだ。このことが昔では正しかったかどうか知らないが、現在の工業と化学の状態と、これらの学問が農業に与える手段とのもとで、土地は温帯の各国では、これらの国の現在の住民の十倍も二十倍もの人口がたっぷりと食べられるのに必要な食料より比較にならないほど多く生産できることは論争の余地がない。
たとえば大勢の人間がただひとつしかない窓のない部屋に閉じ込められると、この窓のそばの場所をとろうとして、殆どつねに争いと掴み合いがおこる、殺人さえおこりかねない。呼吸の次の切迫した必要は食べるととのむことである。この要求を十分に満たすための対策は、しばしば、多くの人間にとって不足している。この不足が大多数の悪行の根源であり、悪行の恒常的原因となっている殆どすべての事情や制度の根源である。この悪の原因の一つをのぞくことができれば、人間の社会から少なくとも悪の十分の九は消えてしまうだろう。犯罪の数は十分の一に減るだろう。粗野な習慣や考え方は一時代の経過のうちに人間的な習慣や考えかたでとってかわられるだろう。蛮風と無知とにもとづく拘束的な制度の支柱は取り去られるだろう。そして殆どすべてのの拘束が速やかになくなってしまうだろう。理論のそのような指示を実行するのには技術が不完全だから不可能だと以前では言われたものだ。このことが昔では正しかったかどうか知らないが、現在の工業と化学の状態と、これらの学問が農業に与える手段とのもとで、土地は温帯の各国では、これらの国の現在の住民の十倍も二十倍もの人口がたっぷりと食べられるのに必要な食料より比較にならないほど多く生産できることは論争の余地がない。
ニコライ・チェルヌイシェフスキー「哲学の人間的原理」
2016年11月27日日曜日
広島原爆は世界の涙をのむ
私達は比治山にのぼって、山の防空ごうに入りました、その途中父は、方々の家の屋根や、植木などに萌えている火を、水そうの水をかけて消してゆきました。しかしそんなことでは、とうていかなうことではありません。又その途中で、いく人か死んでいるのを見かけました。そのたびにごとに私は胸がつまって、とても見ていられませんでした。しかしだんだんと山をのぼっているうちに、たくさんの死人がごろごろしていたので、どうしても見ないわけにはゆきませんでした。その中には、私の知っている人もだいぶいました。やっと山の防空こうにたどりついたのですが、やはり父はおちつかないらしく、下の方へおりて行きました。まもなくバケツに水を入れそれにひしゃくをつけてあがってきました。山にのぼる途中でもう息もたえだえになって、「水をくれ、水をくれ。」と叫んでいる人々に役人が「水をやってはいけない。」と言うのもかまわず一口ずつ入れてやりながら、あがってきたのです。「どうせ水をやっても、やらなくても死ぬ人なら、ほとがる水くらいのものはやってもいい。」というのが父の考えでした。私も又父の考えがもっともだと思いました。
山の途中のほら穴は、とても入ることのできるような穴ではありませんでした。けが人でいっぱいで、もう死んでいる人もたくさんいました。穴の中は真っ暗で、やけどや、きずの生々しいにおいで、息もつまりそうでした。頭の上ではぶんぶんとたくさんのアメリカの飛行機がとんでいます。そして今にもばくだんをおとしそうな気がして、一時もぐずぐすしてはいられません。しかしあとで分かったことですが、それらの飛行機はあの原爆を落とした後の有様はどんなかと、ていさつに来たのだということです。その時のあのむごたらしい様子を空から見て、アメリカ人はどう思ったでしょう。いかにわれわれの敵であったとはいえ、なみだをのまずにはいられなかったと思います。
山村百合子(広島原爆の当時小学校三年生)
「原爆の子ー広島の少年少女のうったえ」(長田新編)
2016年11月25日金曜日
来世就来世いつの終わり
歳暮珍重候。扨もさても天下一変の後、音信不通、旦夕床しく候。かやうにうつりかわる世の中とは、誰しも思ひながら、様々おはれとも申ても申しても叶わぬ事共、夏より己来候。心のままなる友もあらまし、目に見る有様も語り、慰めもあるべき、世の中の人は、富貴栄華の物語より外なく候得は、更々我等式の類ひは、独り無常の窓に向ひて、独言いふて暮す計に候。
内々此冬は、都にも住馴ぬれは、いかなる山の奥へも分入、野狸子をふすへて、春を待へきかなと思ひより候まま、若は其國湯山温泉寺奥なとに、人知れす隠れ住をもし、ひとりには、かくしかくし下の浜なとへ立出て、語りあかし可申かなとと思ひ候得共、一日一日のうちに、後々寒という貧僧のかたき出頭せられ、何方へも可達出様候はねは、心のままにも任すへからす候。
捨てだに此世の外はなきものをの、こころひとつをなくさむ計候。道もかはき、暖のもなり候はは、出石をも深く忍び、湯山邊へ、卒度可参候。たとへは、人界は水を釣瓶の事如し。くりかえしくりかえし、事の底にめくるか如し、鳥の林に遊か如し、帰りてはゆき、行きては帰り、前生また前生、何れの世より、うき世をめくるつなにかかり、今よりまた来世就来世いつの終わりを知るへきや。
此理を知りなから、うけかたき人身を得、あひ難き仏方にあひ、むさむさとやみの夜におくり果へきや。此たひあひかた法にあひ、一つの心をさとり、真如の至りを宗にすまし、長夜の闇を照し、三無負可得の心を心の外に得て、在家の女人を帯しなから、正覚のくらいに到るへき事、思はさらめや、あとの悔からへらぬは、元の水のごとし、惜みても。
沢庵 宗彭「沢庵和尚書簡集」
2016年11月23日水曜日
戦場武士の忌まわしき殺生
小林義繁討死
小林上野守は、未馬にてひかえたりけるが、切り落とされては犬死しぬとおもひければ、権大夫を弓手に相付、駆寄て鐙をこえており立たり。鍔本まで血に染たる太刀をめ手の方に引そばめて、義弘に打てぞかかりける。権大夫は敵を小太刀と見たりければ、手もとへ近付けて勝負をせんとやおもひけん、長刀を茎みじかに取なをして、弓手の袖をゆりかけてこそ待たりけれ。義繁走かかてきらんとするに、更にすきなかりければ、元来小林手ききなれば、小膝を折て袖の下へあげ切に、すきもなく二太刀つづけて切たりけり。其太刀に権大夫弓手のかなを二ケ所きられて、今は物あひよしと見てんげれば、長刀を取なをして腰当のはずれ、内甲へすきまにあたれとこうだりけり。小林運命やつきたりけん、ほうあてのさげを、甲のしころへすぢかひさまに、こみ立られて、更にはたらきえざれば、其長刀を切はぞさんとふりあをのひで、仏切に二太刀・三太刀うつ処を、長刀を取なをして脛当のはずれをよこさまにしたたかにこそ切たりけれ。因幡はいだてのさねともに、片股をかけず切て落す。小林心はやたけにおもへども、片股なければ北枕に倒臥す。弓手の手をおさえて暫は太刀にて合けるが、次第によはりてみえければ、権大夫の兵落合て、頸をとらんとしける処を、草摺を取て引よせて、さしちがへて二人ながら同枕に死にけり。義繁己に討れければ、小林三郎一族若当七八騎合重て、義弘を真中に取り籠て、今はさてとみえける処へ、杉豊後・同備中・須江美作・平井入道分々合たる敵を打ち捨て、権大夫を先途と長刀を取のべて、小膝にのせて仏切にないでまわりける真中へ、皆みな走入て敵をむずと切へだてて、散々に闘ける処に、大内が兵大勢重てとりこめて、戦ければ、敵八騎の兵も矢庭に五人は討れにけり。
「明得記」(明徳二年十二月)
2016年11月21日月曜日
イスラエル王国の撲滅と惨劇
ペリシテ人はイスラエルと会戦し、イスラエルの人達はペリシテ人の前から敗走してギルボア山に至り傷つき倒れた。ペリシテ人は、サウルとその子らに追いつき、ペリシテ人はサウルの子らヨナタン、アビナダム、及びマルキシュアを殺した。戦闘はサウルに向けられ、遂に的の射手は弓をもってサウルを射当て、サウルはその射手によって甚く傷ついた。サウルは彼の武器を担ぐ従者に言った、「剣を抜いて、わたしを殺してくれ。これらの割礼なき者がやって来て、わしを辱めないように」。しかし従者は甚く恐れて、敢えて手を下そうとしなかった。そこでサウルが死んだことを見とどけ、自分も又彼の剣の上に倒れてサウルと共に死んだ。かくしてその日、サウルとその三人の子、サウルの従者は共に戦死した。谷の向こう側とヨルダンの窪地にいたイスラエルの兵士たちは、イスラエル勢が敗走し、サウルとその子らが戦死したのを見て町々を捨てて逃げ去った。ペリシテ人はやって来てその町に住んだ。
翌日ペリシテ人は闘いに倒れた者に対する略奪の為にやって来た。そうして、サウルとその三人の子らがギルボア山上で戦死しているのを発見した。彼らはサウルの首を刎ね、その武具を奪い、それをあまねくペリシテ人の地に持ち回って、この戦勝の知らせをその偶像と民とに伝えさせた。又、サウルの武器をアシタロテの身やに納め、その死体をそのペテンシャンの城壁に曝した。
ヤベシ・ギレアデの人々が、ペリシテ人のサウルになしたことを聞いた時、総ての武器をとる者達は、立ってよもすがら進み、サウルの死体とその子らの死体をペテンシャンの城壁から取り外し、これをヤベシの柳の下に梅、七日間断食した。
翌日ペリシテ人は闘いに倒れた者に対する略奪の為にやって来た。そうして、サウルとその三人の子らがギルボア山上で戦死しているのを発見した。彼らはサウルの首を刎ね、その武具を奪い、それをあまねくペリシテ人の地に持ち回って、この戦勝の知らせをその偶像と民とに伝えさせた。又、サウルの武器をアシタロテの身やに納め、その死体をそのペテンシャンの城壁に曝した。
ヤベシ・ギレアデの人々が、ペリシテ人のサウルになしたことを聞いた時、総ての武器をとる者達は、立ってよもすがら進み、サウルの死体とその子らの死体をペテンシャンの城壁から取り外し、これをヤベシの柳の下に梅、七日間断食した。
旧約聖書「サムエル記」
2016年11月19日土曜日
操で死ぬ道理はない
だいたい、操を立てて死ぬというほどまちがった考えははない。君も民も一人である。いや普通の民にくらべてまだ未のものなのだ。民と民の間柄でも相手のために死ぬ道理などない。それではむかし操を立てて死んだのはみな当たらぬことだったのか。きっぱり言ってしまえばね事のために死ぬ道理こそあれ、君のために死ぬ道理などないのである。君のために死んだのは、情に溺れた宦官、宮女であり、「律儀ものの愚物だった」。宦官、宮女たるに甘んじた人間や、まさにまとことの愚物の人物については、何もいうことはない。しかし、みんなで推挙したというからには、われわれが推挙したこの者のために自分で死ぬのだ。君のために死ぬのではない、ということはいえる。とはいえ後世の君はいずれも、強大な兵馬で強引に侵略して奪いとったものなので、あたりまえにみんなで推挙したものでないという点は、どう考えるのだ。ましてや彼らは満・漢という種族の意志で天下を奴隷にしている。天下を奴隷にしている彼らとしては、民が操を立てて死ぬのがひどくうれしいのは当然である。
一王朝の興亡はなどは目にも当たらぬ小さなことで、民にとってなんの関係もない。であるのに操を立てて死ぬものが万で教えるほど、いやそれ以上もあったとは、これほど本末転倒があろうか。白夷、淑斉は死んだのだが(この兄弟は、周の武王が暴君の殷の紂王を滅ぼして天子となったのを不義として、周のものは食わぬと餓死した)、紂王のために死んだのではない。本人のことばに、「暴で暴にとり代えるだけのことなのだ」(暴君を暴力で排除して君となる。『史記』「伯夷列伝」)と言っているところからすると、君主の凶害を閉じてしまったのだ。それにまた、誰か前の君のために死ぬものがあると、後の君はひどくいやがるが、しかも事態がなんとかおさまると(国を奪い安定すると)、たちまち神に祭り、供物をし、祈りをさまたげる。これはやはり、今後も人がわがために死んでほとしいからである。「むかしある男が、(かつて挑んだら、ののしられたことがあった女なら)自分のためにも(いよいよ他の男を)ののしってくれるだろうと妻にえらんだ」(『戦国策』「秦策上})という。志を守って山林に身をひいた土地はいわば未婚のむすめである。これを出仕しろとおどしつけ、出仕しなければ殺した。つまり、不貞だったのだとののしり、操をけがしたしあばきたて、『弐臣伝』「ふたまた者伝」)までつくって辱しめた。これは、当人たちを辱しめるだけでなく、実は反逆させまいと天下後世を威嚇する意味があったのだ。
一王朝の興亡はなどは目にも当たらぬ小さなことで、民にとってなんの関係もない。であるのに操を立てて死ぬものが万で教えるほど、いやそれ以上もあったとは、これほど本末転倒があろうか。白夷、淑斉は死んだのだが(この兄弟は、周の武王が暴君の殷の紂王を滅ぼして天子となったのを不義として、周のものは食わぬと餓死した)、紂王のために死んだのではない。本人のことばに、「暴で暴にとり代えるだけのことなのだ」(暴君を暴力で排除して君となる。『史記』「伯夷列伝」)と言っているところからすると、君主の凶害を閉じてしまったのだ。それにまた、誰か前の君のために死ぬものがあると、後の君はひどくいやがるが、しかも事態がなんとかおさまると(国を奪い安定すると)、たちまち神に祭り、供物をし、祈りをさまたげる。これはやはり、今後も人がわがために死んでほとしいからである。「むかしある男が、(かつて挑んだら、ののしられたことがあった女なら)自分のためにも(いよいよ他の男を)ののしってくれるだろうと妻にえらんだ」(『戦国策』「秦策上})という。志を守って山林に身をひいた土地はいわば未婚のむすめである。これを出仕しろとおどしつけ、出仕しなければ殺した。つまり、不貞だったのだとののしり、操をけがしたしあばきたて、『弐臣伝』「ふたまた者伝」)までつくって辱しめた。これは、当人たちを辱しめるだけでなく、実は反逆させまいと天下後世を威嚇する意味があったのだ。
譚 嗣同「仁学」
2016年11月17日木曜日
神は王や君主ではないこと
神のことがあっちでもこっちでも言い伝えられたり、これがそうだと見せられたりするものですから、これはみな王や君主の事蹟なのだと考える人々がいます。際立った資質や勢力ゆえに赫々たる成果を挙げたのが、神だという名声によっていっそう輝かしくされた、しかしやがては運命に従わねばならなかったが、その事蹟と経験はいつまでも驚くべき偉大なものとして記憶される、というように。
ですが、このように説明する人々は、正しい説明をすり抜けて、具合の悪いことは神から人間に移しかえています。そういう例なら言い伝えからいくらでも助けが得られますね。現にエジプト人は、ヘルメスの体は腕が短かったと言っておりますし、テュボンは赤ら顔でホメロスは色白、オシリスは黒かったなどと申しております。まるでこれらの神が本性人間だったのごとくにです。
それだけではありません。エジプト人はオシリスを将軍と呼び、カノボスを舵取り、船長と呼んでいて、天の星にもこのカノボス(カノプス)という名がついている、そしてその船の方は、ギリシア人がアルゴ船と呼んでいるもので、これはオシリスの船の似像であり、オリオンと犬星(シリウス)からさして遠くない空を航行しているのだと言っております。そして、オリオンはホロスの、犬はイシスの聖なる星だとエジプト人は信じているのです。
しかしながら、これは「動かすべからざるものを動かす」ことではないかと恐れてますし、シモニデスの言う(断片193)「古りにし時の間に挑む」ばかりではなく、多くの人間の種族、神々への敬虔な気持ちをしっかりと抱いている民族に対する挑戦ではないかと思います。これでは、人類誕生のはじめから、ほとんどすべの人々の胸に抱かれてきた、かくも古き尊き御名を天上から地上に引きずり下ろし、その尊崇の念、敬虔な気持ちを失わせ、また打ち壊すことになりましょうし、神を平面に引き下げることによって、レオン(前4世紀)のような著述家のために広々と道を空けてやり、メッセネのエウヘメロス(ヤコビ『ギリシア歴史家断片集』63T4e)の徒のいかさまに、自由な発言を許すことにより、光輝を添えることになりましょう。このエウヘメロスこそ、自分の手で、およそ信じるに足りぬ、ありもしない神話を作り上げてから、全世界に無神論を撒き散らした人です。
ですが、このように説明する人々は、正しい説明をすり抜けて、具合の悪いことは神から人間に移しかえています。そういう例なら言い伝えからいくらでも助けが得られますね。現にエジプト人は、ヘルメスの体は腕が短かったと言っておりますし、テュボンは赤ら顔でホメロスは色白、オシリスは黒かったなどと申しております。まるでこれらの神が本性人間だったのごとくにです。
それだけではありません。エジプト人はオシリスを将軍と呼び、カノボスを舵取り、船長と呼んでいて、天の星にもこのカノボス(カノプス)という名がついている、そしてその船の方は、ギリシア人がアルゴ船と呼んでいるもので、これはオシリスの船の似像であり、オリオンと犬星(シリウス)からさして遠くない空を航行しているのだと言っております。そして、オリオンはホロスの、犬はイシスの聖なる星だとエジプト人は信じているのです。
しかしながら、これは「動かすべからざるものを動かす」ことではないかと恐れてますし、シモニデスの言う(断片193)「古りにし時の間に挑む」ばかりではなく、多くの人間の種族、神々への敬虔な気持ちをしっかりと抱いている民族に対する挑戦ではないかと思います。これでは、人類誕生のはじめから、ほとんどすべの人々の胸に抱かれてきた、かくも古き尊き御名を天上から地上に引きずり下ろし、その尊崇の念、敬虔な気持ちを失わせ、また打ち壊すことになりましょうし、神を平面に引き下げることによって、レオン(前4世紀)のような著述家のために広々と道を空けてやり、メッセネのエウヘメロス(ヤコビ『ギリシア歴史家断片集』63T4e)の徒のいかさまに、自由な発言を許すことにより、光輝を添えることになりましょう。このエウヘメロスこそ、自分の手で、およそ信じるに足りぬ、ありもしない神話を作り上げてから、全世界に無神論を撒き散らした人です。
プルタルコス「エジプト神イシリスとオシリスの伝説について
2016年11月15日火曜日
太平の治世から困窮の乱世
太平久しく続く時、漸々上下困窮し、それよりして紀綱乱れてついには乱を生ず。和漢古今ともに治世より乱世に移る事は、皆世の困究より出る事、歴代のしるし鏡にかけて明か也。故に国天下を治むるには、まず富豊かなるようにする事、これ治めの根本也。
管仲が詞にも「衣食たりて栄辱を知る」といえり。孔子も「富まして後教える」とのたまえり。手前困究して衣食たらざれば、礼儀を嗜む心なくなりて、下に礼儀なければ、種々の悪事はこれより生じ、国ついに乱るる事、自然の道理也。
何程法度を厳しく、上の威勢をもって下知するというとも、上下困究して動く力もなきようになりたる時節に至りては、その動く力もなき所偽りもなく真実なる故、用捨せずして叶わず。ひた物あそこをも用捨し、ここをも用捨すれば、後は法の破るる事になる也。法は国をつなぐ綱なる故、法破れては乱れずという事なし。その法の破るる所を愁いて、その動く力もなき者に用捨をせざれば、畢竟力にかなわぬ事を下知するというものになりて、無理の名を得る故、これまた乱を招く媒也。
所詮の所皆困究より生ず。国の困究するは病人の元気尽るが如し。元尽きれば病生じて死する事必然の理也。元気盛んなれば、いかようの病気を受けても療治はなるものなる故に、上医は必ず病人の元気に心を付け、よく国を治むる人は古より国の困究せぬようにと心用ゆる事也。ここの境を会得して、国の豊かに富むようにする事、治めの根本也。されば何事も指置きても、当時上下の困究を救う道を詮索せずして叶わざ事也。
管仲が詞にも「衣食たりて栄辱を知る」といえり。孔子も「富まして後教える」とのたまえり。手前困究して衣食たらざれば、礼儀を嗜む心なくなりて、下に礼儀なければ、種々の悪事はこれより生じ、国ついに乱るる事、自然の道理也。
何程法度を厳しく、上の威勢をもって下知するというとも、上下困究して動く力もなきようになりたる時節に至りては、その動く力もなき所偽りもなく真実なる故、用捨せずして叶わず。ひた物あそこをも用捨し、ここをも用捨すれば、後は法の破るる事になる也。法は国をつなぐ綱なる故、法破れては乱れずという事なし。その法の破るる所を愁いて、その動く力もなき者に用捨をせざれば、畢竟力にかなわぬ事を下知するというものになりて、無理の名を得る故、これまた乱を招く媒也。
所詮の所皆困究より生ず。国の困究するは病人の元気尽るが如し。元尽きれば病生じて死する事必然の理也。元気盛んなれば、いかようの病気を受けても療治はなるものなる故に、上医は必ず病人の元気に心を付け、よく国を治むる人は古より国の困究せぬようにと心用ゆる事也。ここの境を会得して、国の豊かに富むようにする事、治めの根本也。されば何事も指置きても、当時上下の困究を救う道を詮索せずして叶わざ事也。
萩生 徂来「政談」
2016年11月13日日曜日
イスラームは血塗られた歴史
イスーラム(Islām)という言葉自身、アラビア語としては、すでに語源的に自己痛く、引き渡し、一切を相手に任せること、という意味なのです。つまりイスラームは宗教的には「絶対帰依」以外の何者でもないのです。ですから、ふつうイスラームの信者、イスラーム教徒の意味で使われている「ムスリム」(muslim)という語も、本来の意味は「絶対帰依者」、すなわち已のすべてを挙げて神の心に任せきり、神にどう扱われようとも、敢えて已の好悪は問わぬ、絶対無条件な神への委嘱、依存の態度をいつでもどこでも堅持して放さない人のことです。ついでながらmuslimは、文法的にはIslāmとまったく同じ語源SLMから派生した言葉で、muslimとIslāmとの違いは、前者が能動的分詞形、つまり「絶対に帰依した(人)」の意味、後者が動名詞形、つまり「絶対に帰依することの」の意、であるだけののことであります。
イスラームの長い歴史を通じまして、各時代ごとに衆に優れた第一級の人物と認められた人たち、権威者が『コーラン』解釈の許容範囲を逸脱していると認めれば、ただちに正規の法的手続きを踏んで、それに異端宣告する義務がある。その政治的権力は実に絶大なものです。なぜなら、いったん異端を宣告されたが最後、その人あるいはグループは完全にイスラーム共同体から締め出されてします。イスラム教徒の一切の権利を剥奪されて、「イスラームの敵」語源的には「神の敵」('aduww Allāh)となるのです。「イスラームの敵」になったものの刑は死刑、全財産没収。個人の場合はもちろん死刑。異端宣告を受けたためにどれほど多くの人々が刑場に消えていったか、数えきれません。内面への道を行った人々は、たえざる死の危険に身をさらして生きねばならなかった人たちです。イスラームの歴史は文字通り血塗られた歴史です。
井筒 俊彦「イスラーム文化ーその根柢にあるもの」
2016年11月11日金曜日
政略的に古典的価値を与える
民族的な性格をもっていること
古典は、その規定において民族的感情から独立しえないであろう。元来古典は、人間の解放、人権の隔離という点で、世界的、世界市民的性格をもっているが、ギリシア古典のような絶対的な意味のもののほかに、各国民または民族の過去において持った偉大な作家、作品に対する尊敬と感情が、それぞれの国民または民族をして国民ないし民族的古典を形成せしめた。
それは国民的感情や民族的自負の根源に接触するものである。どこの国でもそのような古典をもつことは国民の誇りでなくてはならない。亡国の民や遊牧の民は、そういう古典をもたない。ただしかし、そのような国民古典は、同時に世界古典もしくは人間古典の性格をもっていることが要請される。すでに外国人によって、An addition to the world's classics と認められている。国民的性格をもちながら、その本質まで世界的性格に高められるような作家作品であって、はじめて可能である。他のある特殊な目的のために、政略的な立場から古典的価値が与えられるようであってはならない。そういう古典は、偽われる古典である。国民的なものは、そのまま世界的なものでなければならない。
池田 亀鑑「古典学入門」
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